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心理学ライフ

ふれる・うごく・きえる

松下 弓月
福生山宝善院 副住職

松下 弓月(まつした ゆづき)

Profile─松下 弓月
東京大学大学院教育学研究科博士課程に在学。多摩大学非常勤講師,神奈川県立衛生看護専門学校非常勤講師を兼任。専門は臨床心理学。著書は『「主観性を科学化する」質的研究法入門』(分担執筆,金子書房)など。

言葉を使わない対話

私がはじめてコンタクト・インプロヴィゼーション(Contact Improvisation:以下,CI)のことを知ったのは,2010年の秋に参加したとあるワークショップでのこと。CIとは,複数の人が身体のどこかで触れ合いながら自由に踊る即興のダンスです。触れ合ったところでお互いの意図や気持ちを感じ取って,それに動きで応えるということをするため,言葉ではなく,身体を使った対話(ダイアローグ)とも言われています。

そのワークショップでは,山の峰と峰の合間の森の中に建てられた小さな宿泊所に泊まり込み,一週間以上にわたって毎日朝から晩まで輪になって座りただ語り合いました。開始から数日が経った頃,ある参加者の気分転換も兼ねてすこし身体を使いたいというリクエストに応えて偶然行われたのがCIでした。

その時ははじめての人ばかりということもあり,シンプルにただ触れ合って動くことをしました。まずペアを作り人差し指と人差し指を合わせます。最初はひとりがリーダー,もうひとりがフォロワーです。リーダーは好きなように指を動かし,フォロワーは指と指が離れてしまわないようにリーダーを追いかけます。上へ,下へ。そして右へ左へ。ぐるっと輪を描いたら,もう一度上から,ぐにゃぐにゃと前後に波打ちながらおろしてゆく。こんな風に自由に指を動かします。

両方の役を体験したら,今度はリーダーもフォロワーもなく,お互いの動きを感じながら,時にリーダーになり,また時にはフォロワーになりながら,相手の動きを感じて動くようにします。先ほどとは違って,自分が指を持ち上げている途中にも,突然相手が右に動き始めたり,逆に止まったり。相手の動きと呼吸を感じながらでないとすぐに指は離れてしまいます。慣れてきたら,今度は触れ合う場所を変えていきます。指先から手のひらへ,そのまま片方が手のひらをズラし腕を辿り肩へ,背中へと。どこを使ってもよいので,背中と背中,腰と腰のように次々と触れ合う場所を変えながら,自分がどう動きたいか,相手がどちらに動こうとしているのかを感じながら身体を動かしていきます。

触れることの癒やし

コンタクト・インプロは1970年代はじめにアメリカで生まれました。決められた振り付けを完璧に再現することを目指すのではなく,私たちの身体に生じる様々な感覚を踊りの源にすることはできないかという実験的な試みが出発点です。今ではプロのダンサーはもちろん,ボディワーカーやセラピストなど様々な分野の人によって世界中で親しまれています。様々なバックグラウンドのダンサーがいるだけあって,CIで見られる踊りはとても多様です。指先や手のひらだけで触れ合うものもあれば,床に寝転んでお互いの身体の上を転がったり,勢いを利用して肩の上へふわりと飛び上がるなんていうアクロバティックな動きもあります。

私にとってCIの醍醐味はまるで自分が消えてしまったかのような瞬間がやってくることです。踊っていると身体感覚だけでなく色んな考えも浮かんできます。次にどんな動きをしようかとか,この人の動きって気持ちいいなとか。私が一番いかに自分が対人関係で戸惑いや躊躇を感じることが多いかということでした。

でも,ただ身体を感じ,流れの中から生じようとすることが形になることを許すようにすると,いつの間にかそうした煩わしい思考も,自分の中に重く沈殿していた暗い気持ちも消えてゆきます。そこにあるのはただ,触れ合いと動きの感覚だけ。そこには色んなごちゃごちゃ生み出している自分というものがありません。そして触れ合い呼吸を合わせていると,なんだかとても温かい気持ちが生まれてきます。この温かさは身体の芯にまで染み込み,それまで自分の中にあった冷たい硬さや慣れ親しんだ違和感を消し去り,塗り替えていってくれました。

最近はこういう体験をできる場を増やそうと,ワークショップの企画もしています。そして心理学を通して学んできたことと組み合わせて,いつか自分でも教えられるようになりたいと思っています。みなさんも一緒に踊ってみませんか?

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