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─広告苦情の実態と心理的・社会的背景
【特集】
なぜその広告は不快なのか
─広告苦情の実態と心理的・社会的背景
池内 裕美(いけうち ひろみ)
Profile─池内 裕美
関西学院大学大学院商学研究科(博士課程前期課程),同大学院社会学研究科(博士課程前期・後期課程)修了。博士(社会学)。広告デザイン会社勤務,日本学術振興会特別研究員を経て,2003年,関西大学社会学部に専任講師として着任。2011年より現職。専門は社会心理学,消費心理学。著書は『消費者心理学』(共編,勁草書房)など。
おそらく多くの読者は,「広告苦情」と聞いてもあまりピンとこないのではないだろうか。そこで,テレビCMに対する比較的最近の苦情の事例をはじめに一つ紹介しよう。
対象となったのは,某化粧品会社の新商品をPRするテレビCM。三人の女性が登場し,その中の一人が25歳の誕生日を迎えたので,残りの二人が祝っているという和やかな設定である。しかし,その友人たちの発した言葉が,炎上の火種となった。「今日からあんたは,女の子じゃない」「もうチヤホヤされないし,ほめてもくれない」。このセリフが世の女性たちの怒りを買い,「女性差別だ!」「セクハラだ!!」などの批判的なコメントがネット上に溢れ返ったのである。結果的に広告主の化粧品会社は,テレビ放映を打ち切ることを決め,公式サイト上のCM動画も削除するといった事態に追い込まれた。この事例を聞いて,読者の多くは,「敏 感すぎるのではないか」「たかだかCMではないか」,あるいは広告主に対して「打ち切りまでしなくても……」と,感じたかもしれない。しかし,こうした広告に対する苦情は,実は後述するように,年間何千件にも及ぶ。
広告は,本来ならば企業と消費者をつなぐ主要なコミュニケーションの手段であり,日常生活の貴重な情報源として,高い信頼がおかれるものでなくてはならない。しかし,相次ぐ企業不祥事やCM出演タレントに関する醜聞,あるいは虚偽や誇大といった広告表現上の問題も後を絶たず,消費者は広告に対して,より一層厳しい目を向けるようになっている。さらに,顧客至上主義的な企業政策やSNSの普及も相まって,いまや消費者の力は企業を凌ぐものになったといっても過言ではない。その結果,「苦情社会」が到来し(池内,2010),消費者は広告に対しても,上記のように不平・不満を簡単に表明するようになったのである。
例えば,広告苦情の受付機関であるJARO(社団法人日本広告審査機構)によると,2017年度の受付総件数は過去最多の10,300件であり(そのうち内容が「苦情」に関するものは7,547件),これは10年前である2007年の5,649件の約1.8倍に当たる(山本,2018)。また,苦情件数を媒体別にみると,上から「テレビ」(3,886件),「インターネット」(2,451件),「ラジオ」(404件)となっており,上位2媒体で全苦情の8割以上を占めている。特にテレビCMに関しては,放送倫理と関連するような深刻な苦情もある一方で,「何度も何度も同じCMを流すな」,「あのタレントが出ると不快になる」といった,理不尽な苦情も一定数存在するのが特徴といえる。こうした広告苦情に対して,現場では明確な対応マニュアルが存在しないため,その都度対応すべきか否かの判断に迷うといった問題を抱えているのが現状である。
本稿では,こうした広告苦情を取り巻く諸問題に注目し,広告規制の現状や広告苦情の実態を紹介した上で,広告苦情の心理的・社会的背景や苦情内容の類型化の試みについて概説する。なお,広告にもテレビやインターネット,チラシや新聞,DM など様々な媒体(メディア)があるが,本稿では特に断りのない限り,商品やサービスを宣伝するためのこれら有料媒体を総称して「広告」として捉えることにする。
広告規制の現状
そもそも,なぜ広告に対する苦情が生じるのか。苦情を未然に防ぐための制作上のルールは存在しないのだろうか。これについては,「あることは,ある」というのが,現状を最も言い表していると思われる。以下,まずは日本の広告規制の現状について簡単に紹介しよう。
広告が世の人々に信用されるためには,不当な広告を是正,あるいは排除する広告規制の存在が不可欠となる。適切な広告規制が存在することによって,公正な競争が維持され,消費者が保護され,社会的秩序が保たれ,さらには業界の社会的責任が明確に示されるようになるのである(嶋村,2008)。こうした存在意義を持つ日本の広告規制は,大きく分けて次の3層構造からなる。①法律による規制である「法規制」:不当景品類及び不当表示防止法(景品表示法),商品契約法など,②広告主や広告業界による自発的規制である「自主規制」:個々の媒体社による審査や考査制度,個々の広告会社による審査など,③法規制と自主規制の中間的(準法規的)位置づけである「公正競争規約」:自動車業界や菓子業界といった各種業界団体が立案し,消費者庁と公正取引員会が共同認定した自主的なルール。
このように広告には,広告主や広告会社,広告媒体社が遵守する義務のあるものから,強制力の乏しいものまで,様々な規制が関係しているのである。しかし,こうした規制があるにもかかわらず,広告に対する消費者からの苦情は後を絶たない。中でも,JAROではテレビCMへの苦情が依然として最多件数となっている。その理由の一つに,上記の広告規制は,主に文字による「表示」を対象としたものであるため,映像や音声などによる「広告表現」(クリエイティブ)までは規制し得ない点が指摘できる。すなわち,現在の広告業界には,「文字表示による消費者の不利益には正当性の基準はあるが,映像表現による消費者の不快感には不当性の基準はない」といえる。
広告苦情の実態と心理的・社会的背景
それでは誰が,なぜ,どのような広告表現に対して不快感を抱くのか。また,どのような点に問題を感じ,苦情行動に発展するのか。
池内・武田・瀬戸口(2008)のWeb調査(2007年6月実施,15〜65歳の男女767名対象,有効回答数737名)によると,約半数近くの人が広告に対して不快な思いをした経験があることが示唆されている(737名中352名,47.8パーセント)。そして,不快な経験をしたことが「ある」と答えた人に,〈最も不快に思った広告〉についてその理由を尋ねたところ,「表現が大げさ」(146名,41.6パーセント)という回答が最も多く,いわゆる誇大的な広告が不快感の大部分を占めることが認められている。
さらに,池内ら(2008)のWeb調査(2008年1月実施,15〜69歳の男女201名対象)では,実際に広告苦情を訴えた経験のある人を対象とし,苦情の理由を表1のように整理している。これをみると,虚偽や誇大といった問題以外にも,品位の問題や社会的規範の問題なども苦情の対象となり得ることがわかる。
また,同調査において,苦情の理由と性・年齢別カテゴリーとの関係について検討し,視覚的に示したものが図1である。項目間の関係をみると,性・年齢によって不快に思うポイントが異なり,たとえば男性30〜40代は「内容・表示」,女性の30代と50歳以上は「差別」や「品位」などに問題を感じると,苦情に発展する傾向にあることが示唆されている。
さらに,同調査ではどのような人が広告苦情を訴えやすいのかについても検討し,「社会への不満が大きく,そもそも広告そのものを信用していない。また,高収入で社会的地位も高い」といった傾向があることを見出している。特に後者の特性は,一般的な商品苦情に関する調査結果とも類似している(Liefeld, Edgecombe, & Wolfe, 1975; Mason & Himes, 1973)。
また,池内・前田(2012)は,近年の広告苦情の特徴と増加の背景について探るべく,13社に及ぶお客様相談室の代表者への面接調査を行っている。そして,特にテレビCMにおいて増加が顕著な苦情のタイプとして,次の3点を挙げている。①番組と関連した苦情(例:番組内容が気に食わないのでスポンサーをやめろ),②時間帯や効果音,頻度に関する苦情(例:食事時に〜の映像を流すな,飲食時の擬音〔効果音〕が不快,放送回数が多過ぎる),③タレントに関する苦情(例:不祥事を起こしたタレントを使うな)。
そして,こうした苦情増加の心理的・社会的要因についても,以下のように整理している。まず,製造物責任法(PL法)や消費者庁など,消費者の権利を保護する法や省庁が設立され,もの言う消費者が増加したこと。また,冒頭でも触れたように,数々の不祥事が明るみに出たことで企業に対する消費者の意識が厳しくなってきたこと。さらに,SNSの普及によって消費者が自由に不平や不満を発信する場ができたことや,苦情問題について触れる機会が増え,規範意識が低下したこと。特にSNSの普及は,瞬時に多くの情報が不特定多数の間で共有されるため,組織的な苦情に発展する危険性を秘めている。
求められる対策─表現の自由と規制の狭間で
それでは,こうした広告苦情に対して,企業はどのような対応をとればよいのだろうか。上記の池内・前田(2012)の面接調査によると,広告苦情に関しては「即放映中止」を要求する人が多いのが特徴的とされているが,企業側としては膨大な損失を被るため,余程のことがない限り中止は避けたいところである。しかし,面接対象となった企業数社においては,たとえば「映像表現が何らかの差別につながる」(例:CMの役柄と同じ名字のためにいじめられた),「生命・身体に危険を及ぼす」(例:閉所恐怖症のため,映像を見るたびに気分が悪くなる)といった苦情に対しては,やむを得ず中止や差し替えなどの具体的な措置をとるとのことであった。なお,上述したように,広告苦情に対して対応マニュアルが存在しないことや,そもそも広告表現の是非について,大半の企業では明確な基準が存在していないことが,広告関係者が頭を抱える問題の一つといえる。
こうした問題に解決の糸口を与えるために,池内・前田(2012)は一連の研究を総括して,「認知的-感情的苦情」「社会的影響の大きさ」の2軸を用いて広告苦情の類型化を試みている(図2)。このように苦情内容を類型化し,あらかじめ知識として把握しておくことで,広告表現の是非に関する問題解決に一助を与え,苦情の未然防止につながることが期待できる。
また,個々の苦情にどこまで対応すればよいのかという点についても,苦情内容の類型化は,有益な示唆を与えてくれる。たとえば,「社会的不快に基づく苦情」においては,その社会的影響の大きさから,苦情内容によっては迅速な対応が必要となろう。しかし,「生理的不快に基づく苦情」は価値観の相違に基づくものであるため,広告倫理の観点からは対応の必要性は低いといえよう。このように対応の必要性の有無からみると,認知的-感情的苦情の軸は「深刻度」とも言い換えることができ,善悪の観点からの苦情は好き嫌いの観点からの苦情に比べ,より深刻度が大きいといえる。
広告は,価値創造機能や販売促進機能などのプロモーション的な機能だけでなく,娯楽や話題を提供するといった社会的・文化的機能をも担っている(小泉,2001)。よって,広告関係者は,ある程度の表現の自由は許されるべきであるが,思わぬ表現で消費者を傷つけることもある。それゆえ,様々な視聴者や視聴場面を想定して,より多面的な視点から当該広告の是非について吟味する必要があろう。つまり広告制作においては,「創造力」に加え「想像力」を働かせることが重要といえる。
文献
- 池内裕美(2010)苦情行動の心理的メカニズム.『社会心理学研究』 25 , 188-198.
- 池内裕美・前田洋光(2012)広告苦情の類型化と広告表現の許容範囲に関する実証的研究.『広告科学』 55・56 ,51-70.
- 池内裕美・武田典子・瀬戸口香(2008)広告における苦情の構造と適切な苦情対応に関する実証的研究.第41次吉田秀雄記念事業財団助成研究論文
- 小泉眞人(2001)企業と消費者の広告意識の現状とその変容に関する一考察.『東海大学紀要文学部』 74 ,39-55.
- Liefeld, J. P., Edgecombe, C., & Wolfe, L.(1975)Demographic characteristics of Canadian consumer complainers. Journal of Consumer Affairs, 9 , 73-80.
- Mason, J. B. & Himes, S. H. Jr.(1973)An explanatory behavioral and socio-economic profile of consumer action about dissatisfaction with selected household appliances. Journal of Consumer Affairs, 7 , 121-127.
- 嶋村和恵(2008)「広告関連の法規と規制」岸志津江・田中洋・嶋村和恵『現代広告論 新版』pp.283-300. 有斐閣アルマ
- 山本尚美(2018)2017年度審査業務報告.『REPORT JARO』 521 ,1-3.
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