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【特集】
景品表示法と消費者の認識について
大元 慎二(おおもと しんじ)
Profile─大元 慎二
2016年6月より現職。著書は『打消し表示の実態と景品表示法の考え方:調査報告書と要点解説』(編著,商事法務)など。
本稿は,今回の特集テーマ「商品広告と選択」に関連し,平成29年7月に消費者庁が公表した景品表示法に係る実態調査結果の概要を紹介させていただくものである。
景品表示法と一般消費者の認識
景品表示法は「不当景品類及び不当表示防止法」という法律名であり,その名のとおり,過大景品と不当表示を禁止するものであり,いずれも一般消費者の自主的かつ合理的な選択を歪める事業者の行為を規制するものである。
景品表示法の規制のうち不当表示規制は,自己が供給する商品又はサービスに係る表示であって,実際のもの又は競争業者のものよりも著しく優良(商品又はサービスの「内容」に係る場合)又は有利(商品又はサービスの「取引条件」に係るもの)であると一般消費者に誤認されるおそれのある表示等を規制している。この誤認とは,実際の商品・サービスと一般消費者が当該商品・サービスに関する表示から受ける印象・認識との差が生じることをいう。したがって,本法では,一般消費者が表示からどのような認識を受けるかが違反になるかどうかの大きなポイントの一つとなる。
打消し表示の実態調査
Ⅰ.調査の目的
一般消費者に対して,商品・サービスの内容や取引条件について訴求するいわゆる強調表示(事業者が,自己の販売する商品・サービスを一般消費者に訴求する方法として,断定的表現や目立つ表現などを使って,品質等の内容や価格等の取引条件を強調した表示)は,それが事実に反するものでない限り何ら問題となるものではない。ただし,強調表示は,対象商品・サービスの全てについて,無条件,無制約に当てはまるものと一般消費者に受け止められるため,仮に例外などがあるときは,その旨の表示(いわゆる打消し表示:強調表示からは一般消費者が通常は予期できない事項であって,一般消費者が商品・サービスを選択するに当たって重要な考慮要素となるものに関する表示のこと)を分かりやすく適切に行わなければ,その強調表示は,一般消費者に誤認され,不当表示として問題となるおそれがある。
近年,インターネットやスマートフォンなど新たな広告媒体が大きく進展しているなどの状況を踏まえ,我が国における打消し表示の全般的な状況を把握するために約500点の表示物を収集の上,収集した広告の特徴を踏まえて当庁が作成した広告表示例を用いて幅広い年代の者1,000名の意識調査を行った。そして,調査結果を踏まえ,どのような表示方法が景品表示法上問題となるのか,その考え方を整理した。
Ⅱ.打消し表示の実態
ⅰ.打消し表示の類型
打消し表示が含まれている表示物の収集結果を参考に,打消し表示を表示内容に基づき以下のように分類した。
- ①例外型
- (例外がある旨の注意書き)
- ②体験談型
- (個人の感想である等の注意書き)
- ③別条件型
- (何らかの別の条件が必要である旨を述べる注意書き)
- ④非保証型
- (効果効能を保証するものではない旨を述べる注意書き)
- ⑤変更可能性型
- (予告なく変更する可能性がある旨を述べる注意書き)
- ⑥追加料金型
- (強調表示で示した代金以外の金銭が追加で必要になる旨を述べる注意書き)
- ⑦試験条件型
- (一定の条件下での試験結果,理論上の数値等である旨を述べる注意書き)
また,表示物を媒体別・類型別に集計すると以下のとおりであった。
ⅱ.各媒体における打消し表示の実態
打消し表示の表示方法の態様について,媒体別に整理したところ,以下のとおりであった。
ⅲ.打消し表示に対する一般消費者の認識
(1)普段どれくらい打消し表示に意識を向けているか
Webアンケート調査において,注意書きや注釈について普段どれくらい意識しているか媒体別に質問したところ,「見ない(読まない)」と回答した者の割合は以下のとおりであった。
(2)打消し表示を読まない理由
Webアンケート調査において,普段から打消し表示を見ない(読まない)という回答者に対し,その理由を質問したところ,主な回答は以下のとおりであった。
Ⅲ.打消し表示の態様と景品表示法上の考え方
例えば,打消し表示の文字が小さい場合や,打消し表示の配置場所が強調表示から離れている場合,打消し表示が表示されている時間が短い場合等,打消し表示の表示方法に問題がある場合,一般消費者は打消し表示に気付くことができないか,打消し表示を読み終えることができない。また,打消し表示の表示内容に問題がある場合,一般消費者は打消し表示を読んでもその内容を理解できない。このように消費者に認識されないような打消し表示を行っている場合には,景品表示法上問題となりうる。
今回の調査では,「表示方法」,「表示内容」及び「体験談」という三つの観点から,具体的な表示例を6例作成して,消費者がどのような場合に誤認するのかを調査分析し,景品表示法上の考え方を整理したが,本稿では誌面の関係上,体験談について紹介する。今回紹介した表示例を含め,消費者庁のホームページに報告書を掲載しているので興味のある方は参照いただきたい。
Ⅳ.「体験談」を用いる場合の打消し表示
商品・サービスの広告における体験談及び打消し表示について,制作した表示例を用いて,一般消費者の意識調査を行った。
ⅰ.調査結果
(1)体験談の表示例
(2)調査結果
・表示例の体験談に気付いた回答者(1000人中443人)のうち,効果に関する各認識を抱いた回答者の割合は,次表のとおりであった。
・体験談に気付いた回答者の中でも,利用者一般への効果の範囲について「『大体の人』が効果を得られる」と思った者(187人)のうち,33.7%が「この商品の購入や契約を検討しても良いと思う」と回答した。
・今回の調査では,表示例を1回見せて質問を行った後,さらに打消し表示を赤枠で囲んでこれを認識できるようにして再度質問を行った。1回目に体験談には気付いたが,打消し表示に気付かなかった回答者(369人)に対し,打消し表示を再提示した結果では,下表のとおり,効果に関する認識が大きく変化することはなかった。
ⅱ.体験談に関する景品表示法上の考え方
今回の調査結果から,実際に商品を摂取した者の体験談を見た一般消費者は「『大体の人』が効果,性能を得られる」という認識を抱き,「個人の感想です。効果には個人差があります」,「個人の感想です。効果を保証するものではありません」といった打消し表示に気付いたとしても,体験談から受ける「『大体の人』が効果,性能を得られる」という認識が変容することはほとんどないと考えられる。
このため,例えば,実際には,商品を使用しても効果,性能等を全く得られない者が相当数存在するにもかかわらず,商品の効果,性能等があったという体験談を表示した場合,打消し表示が明瞭に記載されていたとしても,一般消費者は大体の人が何らかの効果,性能等を得られるという認識を抱くと考えられるので,商品・サービスの内容について実際のものよりも著しく優良であると一般消費者に誤認されるときは,景品表示法上問題となるおそれがある。
つまり,消費者は効果を語る体験談は当該商品の効果そのものと認識することからこれを広告に掲載する場合には合理的根拠のある当該商品の効果と適合した内容でなければならず,それを超えていたり,あるいは一部にしか認められないような効果に言及する場合には,景品表示法上問題となるおそれがあるということである。
おわりに
最後に筆者の所感に触れたい。上記「Ⅰ.調査の目的」及び「Ⅱ.打消し表示の実態」で我が国における打消し表示の実態の概要を紹介させていただいたが,これを見る限り,我が国の広告表示において打消し表示が多用され,また,その表示時間や形態等から,消費者が適切に認識できるような表示方法となっているとは言い難い実態も判明した。また,消費者の基本的な認識として,消費者は打消し表示があること自体は認識しつつ,性善説的な国民性向があるためなのか,多くの場合,個々の広告表示においては,打消し表示を見ていないことが判明した。
事業者が広告表示において自社の商品やサービスが従来品や競争業者のものよりも優れていることなど消費者に訴求したい事項を強調して表示したいのは当然であろう。他方で,消費者保護の観点からすれば,消費者の誤認を招くおそれのある表示が許容されてよいはずはない。営利活動を行う事業者のニーズと消費者保護を広告表示においてうまくマッチさせるためには,まずは事業者が,強調表示の内容が例外等なく商品,サービスの内容そのものとなるように努めることが必要である。止むを得ず打消し表示が必要な場合には,消費者に適切に認識される表示方法・内容とすることが必要であり,もし現状消費者に適切に認識されないおそれのある表示がなされている可能性があるのであれば,その改善に速やかに取り組む必要がある。
本調査報告書においては,事業者が景品表示法違反行為の未然防止のために広告を事前にチェックする際には一般消費者の視点の活用が重要と指摘しているが,効果的な広告表示と消費者への適切な情報提供を広告表示において両立させるためには,消費者心理の分析と応用が重要な鍵となっているのではないかと考える。消費者庁では本調査の続きとして,スマートフォンの表示についての報告書を本年5月に公表したが,ここではスマートフォンの特徴である縦に長く続く画面情報と作業記憶の関係等,認知心理学の観点からの考察も加えている。また,6月には専用の機器を用いて消費者の視線と認識を検証した報告書を公表している。心理学とマーケティングなど複数領域にわたる横断的な研究の広がりと深化に期待したい。
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