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  5. 国際心理学会の提唱者オコロビッツ(ポーランド)

心理学史諸国探訪【第1回】

サトウタツヤ
立命館大学総合心理学部教授。私たちは日頃,欧米の心理学に触れる機会があり,アジアの心理学者との交流も盛んになりつつありますが,他の国や地域の心理学について,どれくらい知っているでしょうか? このような問題意識を持って,2年間,いくつかの国の心理学史を掘り起こします。

サトウタツヤ

国際心理学会の提唱者オコロビッツ(ポーランド)

世界の心理学者が集う国際心理学連合(International Union of Psychological Sciences:IUPsyS)。この組織は4年に1回,国際心理学会議(International Congress of Psychology:ICP)を行うことで知られている。2016年,横浜で行われたことは記憶に新しい。このIUPsySには2018年9月現在,88の国と地域が参加している。IUPsySの歴史は1889年の国際生理学的心理学会の開催に遡るが,こうした国際的な心理学会を開催することを最初に提唱したのが,ポーランド生まれの哲学者・心理学者のオコロビッツである。

オコロビッツはワルシャワ大学で自然科学を学び,ついでドイツのライプツィヒ大学のヴント(Wundt, W. M.:1832-1920)の元で博士号を取得した(1874)。彼は多才な人で,ポーランドに実証主義的な考え方を持ち込んだのみならず,テレビや電話の原理を研究したことでも知られる。彼はポーランドの大学で私講師をした後,パリに移り住んだ。そして,当時のフランス心理学の第一人者であるコレージュ・ド・フランス教授のリボ(Ribot, T.A.:1839-1916)に対して,国際心理学会を組織すべし,という提案を行ったのである(1881)。リボは,オコロビッツの国際心理学会という発想に対して懐疑的であったものの,自身が創刊した学術誌Revue Philosophique de la France et de l’Étrangerにオコロビッツの論文を掲載する配慮をみせた。その論文によれば,心理学は18世紀のヴォルフによって徐々に変容しつつあり,特に1830年以降の50年間で大きく変容したこと─つまり哲学から自然科学へと変容したこと─を踏まえ,一般心理学,生理学的心理学,病理的心理学などに並んで,法心理学や芸術心理学など12の領域からなる国際心理学会の開催が必要だとした。

その8年後の1889年,当のリボが国際学会を開催するに至るのだが,8年前のオコロビッツのアイディアは8年前の自分には妄想のように聞こえた,ということを回顧している。

今(21世紀の現在)でこそ,心理学はヴントによって1879年に哲学から独立した,というような歴史が成立しているが,こうした「歴史観」が成立したのはヴントの孫弟子のボーリングが唱えてからである(Boring, 1929)。オコロビッツが心理学に関心をもつ人々が一堂に会することの重要性を訴えていた時(Ochorowicz,1881)の人々の視点からすれば,心理学にどのような未来があるか不透明であり,彼が心理学の国際学会を作ろうと言ったところで,多くの人が懐疑的な状況だったのである。

記念すべき第1回のICP(当時の名前は国際生理学的心理学会議)には,ヴント,コルサコフ(Korsakoff, S.),ジャネ(Janet, P.),ジェームズ(James, W.),ゴルトン(Galton, F.),フロイト(Freud, S.),デュルケム(Durkheim, E.),ビネ(Binet, B.)そしてバビンスキー(Babinski, J.)など,欧州や北米・南米の20ヵ国から200人以上が参加した。

Ochorowicz,J. L.(1850-1917)
Ochorowicz,J. L.(1850-1917)
1889 年大会のプログラム
1889 年大会のプログラム

参考文献

  • Boring, E. G.(1929) A history of experimental psychology. New York: Century.
  • Nicolas, S. & Söderlund, H.(2005)The project of an International Congress of Psychology. by J. Ochorowicz(1881) International Journal of Psychology, 40, 395-406.
  • Ochorowicz, J.(1881) Projet d’un congrès international de Psychologie. Revue Philosophique de la France et de l’Étranger 12, 1-17.

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