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【小特集】

新しいPTA のあり方と楽しみ方

大塚 玲子
フリーライター・編集者

大塚 玲子(おおつか れいこ)

Profile─大塚 玲子
1994年,東京女子大学文理学部社会学科卒業。出版社や編集プロダクション勤務を経て現職。著書は『PTAをけっこうラクにたのしくする本』『オトナ婚です,わたしたち』他。共著は『子どもの人権をまもるために』『ブラック校則』。

これからPTAは,どうなっていくとよいのか。保護者たちが望むのは,簡単に言うと,「参加者の意思を尊重する団体になること」ではないかと思う。

PTAに加入するのも,活動に参加するのも,会費を納めるのも,個々の会員の意思に基づくこと。「やりたくない人にやらせる」のではなく,逆に「手を挙げた人が,裏で排除される」こともなく,純粋に「やりたい人がやる」という,いわゆる「ふつうの団体」になること(PTAと自治会以外の団体は,みんなそうなのだが)。

そして活動の内容についても,参加する保護者会員の声を取り入れて運営するようになること。これまでのように「去年やったことをそのままやる」ことが最優先されるのでなく,そのときそのときの会員保護者のアイデアや意見が,活動に反映されること。

もしPTAがそんな団体になれたら,いま起きているトラブルの多くは解決するだろうし(新しい悩みも生まれるかもしれないが),また楽しいものにもなり得るだろう。

なぜ変えるのが大変か

では,PTAをそういった「参加者の意思を尊重する」もの,「やりたい人がやる」ものに変えるには,どうすればいいか?

意外と簡単なことではない。というのは,いまのPTAは「会員保護者の意思」を前提せずに,できあがっているからだ。「全員必ず参加すること」,つまり「やりたくない人にやらせること」を前提に,全体から細部までが設定されている。

これを変えるためにはまず,PTAへの加入意思を確認する必要があるだろう。現状PTAは「入る・入らない」という意思確認をせず,学校の介在,あるいは学校との一体化によって,保護者を自動的に会員にしている(且つ会費も自動的に徴収)。入り口からこれでは,PTAが「やりたい人がやるもの」になるはずがない。

しかし,加入届を整備して,加入意思の確認さえすれば問題が解決するかというと,そう単純でもない。ここで必ず出てくるのが,「非会員家庭の子どもの扱いをどうするか」という話だ。いまのPTAは「保護者は全員必ず入る」という前提なので,非会員が現れたときに対応に迷い混乱しやすい。

非会員家庭と会員家庭の扱いに差をつければ,子どもに不利益が及ぶことを恐れて,誰も非会員を選べなくなるので,強制加入と変わらない状態になってしまう。そこで,非会員家庭と会員家庭の子どもを同じ扱いにすると今度は,これまでの全員加入を絶対視する保護者から「ズルい」という声があがってくる。そこをどうするか,ということについて,会員保護者のなかでコンセンサスを作る作業が出てくるのだ(筆者としては,PTAは会員・非会員家庭の子どもの扱いを変えないのが当然だと考えている)。

また,せっかく加入届を整備したとしても,加入した先で活動への参加を強制していたら,当然のこと退会者や非加入者が増え,会員はどんどん減ってしまう。それをできるだけ防ぐためには,委員会制や当番制,ポイント制など,これまでの強制的な活動をやめ,「手を挙げた人(やりたい人)がやる」という本当のボランティア方式に変える必要も出てくる。

つまり,加入届を整備すると同時に,PTAの仕組み全体を「やりたい人がやる」ものに変えていく必要も生じてくる。だから手間がかかるのだ。

 

変えた実例もある

といっても,変えられないわけではない。簡単ではないながら,PTAを保護者の意思にもとづく活動に変えた,あるいは変えようとしているPTAも,最近は増えている。

たとえばPTA改革の成功例としてよく知られる,東京都大田区立嶺町小学校PTO。5年前にPTAをいったん解散し,PTO(学校応援団)を立ち上げた。加入するのも,活動に参加するのも,保護者の任意だ。実際の活動は,一般のボランティア組織のように,活動ごとに参加者を募るスタイルで(委員会制ではない),「やりたい人がやる」形を実現している。改革にあたっては,保護者のなかで何度も話し合ってきたため,みなその意図をよく理解している。そのため当時から会長が二度代わった現在も,「やりたい人がやる」形をキープしている。

全国的にも,改善や改革を試みるPTAは増えている。嶺町小PTOほどの大改革はできなくても,いまのPTAのあり方を見直して,辛い思いをする保護者を減らそうと考える保護者,役員は,いま決して少なくないと感じる。

反対勢力の存在

ただもちろん,うまくいくケースばかりではない。これまでたくさんの会長・役員,及びその経験者たちに話を聞いてきたが,PTAを改善・改革できるかどうか,またどこまでそれを実現できるかは,環境条件で決まってくる。

環境条件というのは,つまり反対勢力の存在だ。まずよくあるのが,校長が反対するケース。これは手ごわい。校長が徹底した「ことなかれ主義」の場合,改善・改革はまず不可能だ。そういう校長がいる場合には,基本的に転任を待つしかない(校長が反対する理由についてはここでは省略する)。

それから,役員のOB・OG,または現役保護者のなかのPTA役員経験者が反対するケースも多い。要は,これまでのPTAのやり方になじみ,順応してきた人たちだ。この人たちの反対も,大変大きな障壁となる。校長のなかには,この人たちの顔色をうかがって,反対にまわる人もいる。

彼女・彼らは,なぜPTAの改善や改革に反対するのか? その理由には,いくつかのパタンがあるように思う。

①これまでのやり方を変える,と言われると,自分がやってきたことを否定されたように感じてしまうパタン。なかには,自分自身を否定されたと捉えてしまう人もいる。PTAで活動してきたことに誇りを感じ,PTAに一体感を抱いている人たちだろう。

②変わることそのものに不安を抱く人たちも,一定数いると考えられる。なぜ,どのように変えるか,といったことは,この人たちには関係ない。とにかくこれまでのやり方が変わることを恐れ,嫌がるパタンもある。

③「自分も我慢してやってきたんだから,他の人も我慢すべきだ」と考えるパタン。これがいま最も多く,且つ難しいように思う。「これまでは『全員必ずやる』というルールのもと,私だってやりたくないのにやってきたんだから,『やりたい人がやる』形に変えるなんて,いまさらズルい」と感じるのだ。①とやや近いが,自分がやってきたことへの否定というより,「ほかの人が自分よりラクをするのが許せない」という感覚だ。

なお,上記の①や②は本人の性格による部分が大きいかもしれないが,③に関してはそのPTAの状況も大きく影響しそうだ。いま現在「やりたくない人にやらせる」力が強く働いているPTAの会員ほど,「自分も我慢したのだから,ほかの人も我慢すべきだ」と感じる傾向が強くなるように思う。

丁寧な議論と嫌われる勇気

変えることに反対する人は,いつの時代も,どこのPTAにもいる。強弱はあるにせよ,ゼロということはないだろう。それをどうやって乗り越えていけばいいのか。

これまで聞かせてもらってきた数々の成功例・失敗例を思い返すと,ポイントは二つあるように思う。一つは「合意形成の努力をすること」,もう一つは「嫌われる勇気をもつこと」だ。

まず,合意形成の努力。会員全体からオープンに意見を募集し,話し合って意見をとりまとめること。これは民主的な社会において当然やるべきことだが,PTA,あるいは日本人は,これを避けがちだ。アンケートや話し合いなど,合意形成は手間や時間がかかるので避けたいし,そもそも意見対立が予想される場面を回避したがる。

しかしやはり,ここの努力をスキップしてしまうと,あとでひずみが出る。もし会長や一部役員の判断で改革を押し切れたとしても,反対派の不満や怨念が燻り続け,変えた側も嫌な思いをしがちだ。なかには会長が替わった途端に反動が来て,元の仕組みに逆戻りさせられてしまうこともある。

そういったことも考えると,面倒ではあっても,やはりある程度の労力を割いて合意形成の努力をすることは必須だろう。

そしてある程度,合意形成の努力をしたあとは,「嫌われる勇気」も必要だ。不平が聞こえきても気にせず,割り切ること。もしオープンに意見を募集しても誰も意見を言ってこなかったような場合,あとから不満が聞こえてきても気にする必要はない。

PTA,あるいは日本人は,この二つのポイントが,どちらも苦手だ。だから,なかなか変わらないのではないか。先日話を聞かせてもらったPTA会長の友人も,改革を試みてはいるものの,周囲から好き勝手言われることに疲れ切っていた。「もうこれ以上,嫌われたくない……」,呻きのような友人の言葉が,耳に残っている。

 

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