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【小特集】
慢性痛に対する認知行動療法
岩佐 和典(いわさ かずのり)
Profile─岩佐 和典
2011年,筑波大学大学院一貫制博士課程修了。同年4月より現職。2015年より川崎医科大学附属病院ペインクリニック外来を兼任。専門は臨床心理学,感情心理学。著訳書は『嫌悪とその関連障害』(監訳,北大路書房)など。
通常,痛みは身体組織の損傷や身体疾患といった危機的状況で生じます。痛みは私たちの注意をひきつけ,活発に活動することを難しくさせます。急性痛の場合は,痛みに対処することによって,こうした状態は徐々に改善されるでしょう。
しかし,慢性痛では事情が異なります。慢性痛に明確な原因が発見されないことは珍しくありませんし,そもそも痛みの通常治療を受けても十分に改善しない痛みが慢性痛と呼ばれます。原因不明で難治の痛みは,より長期間にわたって注意をひきつけ,活動を阻害し続けます。皮肉なことに,痛みを軽減したいと望めば望むほど,頭の中は痛みでいっぱいになっていきます。
やがて,状況がどんどん悪くなる様子を想像するようになるかもしれません。このように,痛みに焦点づけられた注意は,痛みの反すうや破局的思考を生じさせ,それらは不安や抑うつ感といった不快感情を喚起します。
痛みに関連した気分や情動は,行動に対してそれぞれ特有の影響をおよぼします。痛みを予期して生じる不安は,痛くなりそうな活動を回避させるでしょう。これは,痛みの恐怖-回避としてよく知られたプロセスです。また,抑うつ感は全体的な活動量を減少させます。他にも,例えば,痛みによってままならない生活が,「なんとかせねば」という焦りに火をつけることもあるでしょう。焦りは過剰な活動を駆り立て,激しい痛みのぶり返しを引き起こすかもしれません。その結果として,かえって長期間の休養を余儀なくされるケースもしばしば観察されます。
上記のような,痛みによってもたらされる認知・感情・行動のパターンは,同時に痛みを維持・増悪させるようにも働きます。たとえば痛みに焦点づけられた注意は,痛みへの警戒心を過剰にし,痛みの主観的な強度を高めます。また不安や抑うつ感といった不快感情も,痛みによる苦痛を増強することが知られています。これは,まさに悪循環と呼ぶにふさわしいプロセスだと言えます(図1)。
さて,甚だ不十分な解説ではありますが,以上のようなプロセスによって慢性痛は維持・増悪し,その結果として生活の質(以下,QoL)も低下していきます。慢性痛に伴うQoLの低下は,決して無視できません。実際,日本人を対象に行われた大規模調査において,慢性痛患者のQoLは,統合失調症や腎不全といった深刻な慢性疾患の患者よりも低いことが示されています(Inoue, et al., 2015)。したがって,痛みの治療においては,痛みの軽減はもとより,QoLの回復が重要な課題となります。
ここからは,慢性痛に対する認知行動療法(以下、CBT)の概要を述べます。CBTは,うつ病や不安症といった精神疾患を対象に発展してきた心理学的な介入法です。したがってCBTでは,主として感情的苦痛に影響する非機能的な認知や行動への介入を通して,問題の解決を目指します。CBTはコーピングスキルの実施と習得を促すために,ホームワークを活用します。CBTのセッションは多くともせいぜい週1回1時間程度のペースで行われますが,より高い効果を得るためには,セッション間の実生活を活用することが欠かせません。
この点においても,ホームワークは重要な役割を果たします。実生活で行われるホームワークを通して問題を把握し,セッションでアセスメントを共有しつつ介入計画を立て,実生活でそれを実行して結果を記録する。そしてそれをセッションで共有し,また次の計画を立てて実行する,といった具合に,地味ながらコツコツと成果を積み上げていくところが,CBTの特徴だと言えるかもしれません。
さて,慢性痛治療は集学的に行われることが推奨されており,そこには薬物療法だけでなく,理学療法や作業療法などの非薬物療法が含まれています。その一つとして,すでに一定の実証的支持を得ているのがCBTです。従来,慢性痛に対するCBTの効果を検証した臨床試験が,数多く出版されてきました。その多くでマニュアル化されたCBTプログラム(概ね8回から16回程度)が実施されており,心理教育,認知再構成法,リラクセーション法,活動のペーシング,行動活性化,エクスポージャー等の介入法が採用されています。
紙幅の関係上,ここでは認知再構成法と行動活性化のみ簡単に紹介しておきます。認知再構成法はCBTの代表格であり,非機能的な思考に介入することで,よりバランスの取れた機能的思考の獲得を目指します。恐怖-回避信念や破局的思考は,しばしば慢性痛の維持・増悪に関与しますので,これらが介入のターゲットになることが多いようです。行動活性化は比較的新しい介入法であり,快活動をスケジュールし,それを順次実行するというのが基本的な形式です。行動活性化では,主に活動量の増加と気分の改善を目指します。マニュアルを基にしたCBTプログラムでは,こうした介入法を順次実施していくことになります。
次に,CBTの効果に関するエビデンスを紹介します。今日までに多数のランダム化比較試験(以下,RCT)が行われており,その結果をまとめたメタ分析もまた数多く出版されています。
Cochrane libraryに収蔵されたメタ分析(Williams, Eccleston, & Morley, 2012)によると,CBTは通常治療よりも有意に痛みと生活支障を改善しますが,その効果は小さく短期的なものでした。ただし,気分の改善効果は中程度で,長期的にも小さい効果が保たれました。また,他の積極的治療よりも有意に生活支障を改善し,その効果は小さいものの,長期的にも維持されることが示されました。ここから,慢性痛のCBTで最も期待できるのは,気分と生活支障に対する効果だと言えます。実際,多くのRCTにおいて,QoLや生活支障が主要評価項目に選ばれていますし,臨床的にもその方向を目指した介入が奏功しやすいようです。
こうした知見を踏まえて,2018年に本邦で公表された「慢性疼痛治療ガイドライン」においても,CBTはエビデンスレベルと推奨度の両方において,最も高い評価を与えられています。今後は,本邦独自のエビデンスを集積していく必要があるでしょう。
最後に,第三世代CBTと総称される介入法にも触れておきましょう。慢性痛の介入法として近年盛んに研究されているのが,アクセプタンス&コミットメント・セラピー(以下,ACT)とマインドフルネス・ストレス低減法(以下,MBSR)です。ACTは行動分析学や関係フレーム理論を背景としており,痛みをコントロールするよりも,むしろ受容し,そのうえで価値ある目標を追求できるよう援助します。一方MBSRでは,マインドフルネス瞑想等の方法を通じて,痛みに対する無評価的な態度を身につけ,痛みに囚われない状態を目指します。2016年に出版されたメタ分析(Veehof, et al., 2016)によると,これらの介入法には痛みやQoLに対する短期的で小さい効果が認められ,不安や痛みによる干渉には中程度の効果が認められました。
さらにACTは痛みによる干渉を長期的にも大きく改善していました。一方,先述した標準的なCBTとの間には,有意な差が認められませんでした。これらの結果から,第3世代CBTは,標準的なCBTと同じく慢性痛治療の有望な選択肢だと言えます。これらは比較的新しい介入法であり,今後さらに発展する可能性もあるでしょう。研究の進展が大いに期待されます。
文献
- Inoue, S., Kobayashi, F., Nishihara, M., Arai, Y. C. P., Ikemoto, T., Kawai, T., ... & Ushida, T.(2015) Chronic pain in the Japanese community-prevalence, characteristics and impact on quality of life. PLoS One, 10, e0129262. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0129262
- Veehof, M. M., Trompetter, H. R., Bohlmeijer, E. T., & Schreurs, K. M. G.(2016) Acceptance-and mindfulness-based interventions for the treatment of chronic pain: a meta-analytic review. Cognitive behaviour therapy, 45, 5-31.
- Williams, A. C., Eccleston, C., & Morley, S.(2012) Psychological therapies for the management of chronic pain (excluding headache) in adults. Cochrane Database of Systematic Review, 11, CD007407.
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