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巻頭言

「ヘタの横好き」から音響心理学へ

大阪大学 名誉教授/日本学士院会員
難波 精一郎(なんば せいいちろう)

学生時代から,ピアノ演奏とオーディオアンプの組み立てが好きという「下手の横好き」が高じて,終生,音を研究対象とすることとなった。1950年代には心理学の分野で音を研究対象とする人は少なかった。60年から70年代にかけて心理学研究や心理学評論にラウドネスの実験や騒音評価,あるいは音を発生させる装置の開発に関して論文を発表した。反応は限られていたが励ましを頂いた。音の研究に参画する後輩も現れて共同実験や研究会をもつことができた。形は変えながらも今も共同研究体制は続いている。桑野園子阪大名誉教授もその一人である。

70年代の初めにラウドネスの係留効果に関する実験がPerception & Psychophysics誌に掲載されると海外から多くの抜刷りの請求が来て,海外との交流が始まった。国際会議にも毎年のごとく招待され,交流の幅も拡がった。80年にはドイツのオルデンブルク大学から招聘されて2ヵ月間滞在し,その後,相互に大学を訪問して騒音評価の国際比較を中心とする共同研究を開始した。

我々グループの主たる研究テーマは時間的に変動する音(非定常音)のラウドネスに関する精神物理学的研究である。この場合,現実の環境音を用いると刺激の物理条件が複雑で仮説通りの音刺激を用意することができない。当初,電信用の穿孔テープを利用して,そこに刺激条件をプログラミングし,望む変動条件で刺激を発生できる装置を自作した。パソコンなどない時代に,音圧レベルに関しては,直交条件の刺激系列を正確に発生することができたが,時間条件の精密な制御には限界があった。

そこで,メーカーの助けを得て,設計思想はそのままで,種々の変数を精密に制御可能な装置を実現し,独自の刺激条件で実験を行い,エネルギー平均値が種々の変動パターンの非定常音のラウドネスと良い対応関係を示すことを明らかにした。この研究には日本音響学会の佐藤論文賞が与えられた。その後,研究を重ね,国際標準(ISO)にも記載され,音の計測メーカーの機器に組み込まれるようになった。そこには継続して国際会議の席でエネルギー平均値の優位を主張した桑野氏の努力がある。

2019年国際音響学会議の開会式で,桑野氏にその長年にわたる研究功績によりドイツ音響学会よりヘルムホルツ・メダルが授与された。継続した努力に対し「好きこそものの上手なれ」と評価されたものと喜んでいる。

難波 精一郎

Profile─難波 精一郎
1956年,大阪大学文学部卒業。文学博士(大阪大学),Ph.D honoris causa of Oldenburg University, アメリカ音響学会フェロー。環境大臣表彰(2003年),瑞宝重光章(叙勲 平成20年)。著書は『音色の測定・評価法とその適用例』(応用技術出版。日本騒音制御工学会「研究功績賞(著書)」受賞),“Environmental acoustics”In Ecological Psychoacoustics(Academic Press),“Loudness in Laboratory”In Loudness(Springer),『音と時間』(編著,コロナ社),“Dimensions of Timbre,”In Proceedings of 31st ICP(Wiley)など。

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