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【特集】

左の顔と右の顔─悪い奴は左頬で笑う

大久保 街亜
専修大学人間科学部 教授

大久保 街亜(おおくぼ まちあ)

Profile─大久保 街亜
2002年,東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(心理学)。日本学術振興会特別研究員,同海外特別研究員,専修大学文学部講師,准教授を経て,2014年より現職。専門は認知心理学。著書は『伝えるための心理統計:効果量・信頼区間・検定力』(共著,勁草書房),『新版 認知心理学:知のアーキテクチャを探る』(共著,有斐閣)など。

図1 ルーカス・クラナッハ(父)による男性(左側)と女性(右側)の肖像
図1 ルーカス・クラナッハ(父)による男性(左側)と女性(右側)の肖像。男性は右頬を女性は左頬を見せている。男性は無表情だが,女性はわずかながら口元に笑みを浮かべている。どちらも1522年の作品である。National Gallery of Art Open Accessより。

顔は,正面から見ると左右対称である。目や耳は左右に並んで同じ高さにあり,鼻は顔の中央にある。ただし,わずかに左右差がある。このような左右差を知ってか知らずか,肖像画や肖像写真には,左右どちらかを向けたものが多い(真正面を向けたものが少ない)。典型的な例として,図1にルーカス・クラナッハ(父)による男性と女性の肖像画を載せた。どちらも少し横顔を見せている。自己紹介欄にある筆者の写真も同様だ。真正面から見た顔は,奥行き情報に乏しく,平板に見える。まるで手配写真のようになる。実際,運転免許やパスポートの写真は,誰のものでもたいてい酷い。少し横を向くだけで印象がよくなる。筆者の自己紹介欄の写真と正面から撮った写真(図2c)を比べると違いがよくわかるだろう。

肖像画におけるポーズの左右差,つまり,右頬を見せるか,左頬を見せるかについて,マクマヌスとハンフリーがはじめて体系的な研究を行った(McManus & Humphrey, 1973)。彼らは16〜20世紀に描かれた肖像画1,474枚を調べた。その結果,女性の68パーセント,男性の56パーセントが左頬を見せるポーズをとっていた。テン・カテは17〜20世紀に描かれた大学教授の肖像画を調べた(ten Cate, 2002)。時代背景から全員が男性であった。750枚の肖像画の75パーセントが右頬を見せていた。古い絵ほどその傾向が強く,17世紀のものは9割が右頬を見せていた。

絵画だけでなく,写真についてもモデルのポーズに左右差がある。スマートフォンの普及によりInstagram,Facebook,TwitterなどのSNSを通じ,インターネット上に顔写真を手軽に公開できるようになった。いわゆる自撮り写真,すなわち,スマートフォン等で自分自身を撮った写真は,数えきれないほどインターネット上にアップロードされている。リンデルは#selfie(つまり自撮り)のタグで写真をアップロードしたInstagramユーザー男女100名ずつ,計200名を対象とし,その自撮り写真について顔の向きを調べた。最新のものから10枚を調べると顔の向きに一貫性があった(α = .72)。41パーセントのユーザーが左頬,31パーセントが右頬,19パーセントが正面を向けがちで,8パーセントに特定の傾向がなかった(Lindell, 2017)。Instagramにアップロードされた顔写真において左頬を見せがちなことは,世界各地で撮影された3,840枚の自撮り写真を調べた研究でも確認された(Bruno, Bertamini, & Protti, 2015)。

なぜ顔の片側を向けるのか?:表情の左右差

図2 キメラ構成顔
図2 キメラ構成顔。aが左顔とその鏡映像(左−左)、bが右顔とその鏡映像(右−右)で構成されている。cが元画像である。左−左のキメラ構成顔で、感情が強く出ている。

肖像画や写真において,左右どちらの頬をモデルが見せるかというポーズの左右差は,表情の左右差から説明される。一般に,顔の左側で右側よりも強く感情が表出される。図2に示したキメラ構成顔を見るとこれがよくわかる。左側とその鏡映像で構成された図2aは,右側とその鏡映像で構成された図2bより感情が強く出る(笑って見える)。

表情の左右差には,脳の左右差が関わっている。身体の右側は脳の左半球で,逆に左側は右半球でコントロールされる。顔も同様だ。右半球は感情の処理に優れるため,右半球がコントロールする顔の左側で感情が強く表出される。

表情がポーズの左右差を生じさせるという仮説を検証するため,ニコルズらは,感情を強く表出するときと,隠すときのポーズの左右差を比較した(Nicholls, Clode, Wood, & Wood, 1999)。参加者の半数は感情豊かに表情を浮かべポーズをとることが求められた。この条件では「家族のためにとびっきりの笑顔でポーズをとってください」と教示された。すると左側の頬を見せ,ポーズをとることが多かった。一方,残りの半数の参加者は,感情を隠すように求められ,「科学者らしく威厳があるポーズをとってください。冷静に感情を露わにしないでください」と教示された。すると,先ほどの条件とは逆に右頬を見せることが多かった。上で紹介した肖像画の研究でも,女性は微笑んで左頬を見せることが多く(McManus & Humphrey, 1973),多くが男性である科学者は無表情で右頬を見せることが多かった(ten Cate, 2002)。図1のクラナッハによる肖像画も,わずかであるが女性は微笑んでおり(口元に注目しよう),男性は無表情である。これらのパターンは表情の左右差による説明と一致する。

リンデルやブルーノらの研究で示されたようにSNSの写真でも左顔を見せることが多い。これは多くの自撮り画像でモデルが笑顔を浮かべていることを考えると表情の左右差から説明できる。チャーチズらによる大学のホームページにある顔写真を5,829枚調べた研究も興味深い(Churches et al., 2012)。この研究では,女性教員は左頬を,男性教員は右頬を見せがちなことが示された。さらにこの傾向には,専攻による交互作用があり,工学や数学の男性教員で右頬傾向が,英文学や演劇の女性教員で左頬傾向が強調された。冷静な科学者は感情を隠し,感情を大切にする芸術の研究者はそれをむしろ露わにすると解釈するなら,この結果は表情の左右差と一致する。

勝利者の横顔

ただし,写真や絵画のモデルは必ずしも感情を露わにしているわけではない。図1のクラナッハによる女性の肖像画を見て,感情豊かだと思う人はいないだろう。表情の役割を直接的に調べるためには,感情が沸き立つ場面におけるポーズの左右差を調べることが望ましい。この目的には,対戦型のスポーツが適している。マツモトらは感情が沸き立つ場面での自然な表情を検討するため,アテネオリンピックにおける柔道のメダリストに着目し表情を調べた(Matsumoto & Willingham, 2006)。柔道では決勝戦の勝者が金メダル,敗者が銀メダルを受け取る。つまり,金メダリストと銀メダリストでは勝利と敗北という正反対の体験をする。4年に1度のオリンピックで体験される感情は強烈であろう。30歳以上の読者は,シドニーオリンピックの決勝戦で負けた篠原信一の悲痛な表情を(そして好対照をなす勝者ドゥイエの笑顔を)覚えているのではないだろうか。

筆者は,マツモトらの研究を受け,柔道と同じく対戦型格闘技であるブラジリアン柔術の大会における表情とポーズの左右差を検討した(Okubo, 2019)。五つの大会,460枚の写真が分析対象となった。ちなみに自己紹介欄にある筆者の写真はそのときに取られた一枚である。

写真を検討したところ,金メダリストは,銀メダリストより笑顔を浮かべることが多かった。そして,金メダリストでは,笑顔でもそうでなくとも左頬を向けてポーズをとるものが多かったのに対し,笑顔を浮かべなかった銀メダリストでは左右差が消失した。勝利した金メダリストが喜びの感情を露わにしたいと感じるであろうし,敗北を経験した銀メダリストは,おそらくその感情を隠したいであろう。勝利と敗北のような強い感情を経験する場面で,勝者に左頬を見せる左右差があり,敗者にそれが消失したことは,表情がポーズの左右差を生じさせるという説明を支持している。

信頼ゲームにおけるポーズの左右差

表情の役割は感情の単純な表出だけではない。他者に意図や要求を伝える社会的な役割もある。例えば,店員が客に向ける笑顔は,歓迎の意図や接客準備ができていることを伝えるシグナルである。

筆者らは,社会的なシグナルとして機能する表情に着目し,左右差の観点から検討した(Okubo et al., 2017)。上で示した店員の例のように,笑顔は信頼感を伝えるシグナルになる。実際,対面で金銭をやり取りするゲームを行うと,笑顔を浮かべた相手は,そうでない相手に比べ,多くの金額を獲得できる。言うなれば,笑顔は信頼感をアップさせる(レビューとして,Todorov, 2017)。

このような笑顔と信頼感の関係を,ズル賢い人間は利用するのではないかと我々は考えた。そこで,信頼ゲームという二人で金銭をやりとりするゲームを使い,このアイデアを検討した。このゲームでは,一方が先攻,もう一方が後攻となる。先攻は相手を信頼するか,しないか選択する。信頼を選択すると,しないよりお互い少し多い利益を得る可能性がある。我々の実験では信頼の選択をすれば,お互い650円,しなければお互い500円が与えられた。なお,先攻が信頼の選択をした場合,続きがあった(しなかった場合は500円ずつ分け合って終了)。後攻は,先攻の信頼に応えるか,それを裏切ることができた。ここがポイントである。後攻が信頼に応えると先攻,後攻とも700円を受け取ることができた。それに対し,裏切ると先攻は一切何も受け取れず,後攻が1000円を総取りできることになっていた。つまり,後攻での裏切り選択は,文字通り,相手の信頼に対する裏切りなのである。このような対戦を異なる相手と100回実施し,後攻での裏切りが多い順に上位33パーセントを裏切り者,下位33パーセントを正直者に分類した。

なお,信頼ゲームは参加者を対面させず,コンピュータスクリーンに顔写真を提示して行った。参加者の写真はゲーム開始前に撮影した。撮影にあたり,ルールを説明し「相手から信頼をされると,たくさん利益が得られます。できるだけ信頼できる表情を浮かべてください」と教示した。お金がかかっているので参加者は,真剣に工夫して,信頼できる表情を作り,ポーズをとった。

実験の結果,裏切り者の74パーセントが左頬をカメラに向けポーズをとった。一方,正直者では左右差はチャンスレベル(59パーセント)であった(Okubo et al., 2017)。この顔写真について,表情の感情価を-4(極めてネガティブ),0(どちらでもない),+4(極めてポジティブ)という9段階で別の参加者が評定した(Okubo et al., 2019)。その結果,全体的として有意にポジティブな表情(つまり,笑顔)を浮かべていると評定された(M = +1.68, SE = 0.15)。さらに,左頬を向けているほうが,右頬よりもポジティブで,その傾向は裏切り者で顕著だった。つまり,裏切り者は,笑顔の強い左頬を巧みに使っていたことが示された。

この顔写真がどれくらい信頼できるように見えるか,さらに別の参加者に7段階で評定した。左頬を見せている裏切り者では,右頬を見せる者よりも信頼できると評定された。しかも,その値は,正直者とほとんど変わらなかった。すなわり,裏切り者は,①笑顔が強く出る左頬を巧みに使って,②正直者と同じくらい信頼できるように見えるようにポーズをとっていたことが明らかになった。言うなれば,悪い奴ほど,よく,そして巧く笑っていた。もちろん「巧く」とは左頬を見せることである。それにより裏切り者は,自分の本性を隠し,信頼できるように振る舞ったのである。

むすび

最初に述べたように,顔はおよそ左右対称だが,わずかな左右差がある。特に左側で表情が強く出る。この左右差はコミュニケーションに利用され,場合によっては悪用される。人間が小さなシグナルを巧みに利用してコミュニケーションを行うことを示す好例だ。顔は,そしてその左右差は,コミュニケーションに多大な貢献をしていると考えられる。

文献

  • Bruno. N., Bertamini, M., & Protti, F. (2015). Selfie and the City: A World-Wide, Large, and Ecologically Valid Database Reveals a Two-Pronged Side Bias in Naïve Self-Portraits. PLoS ONE, 10, e0124999.
  • Churches, O., Callahan, R., Michalski, D., Brewer, N., Turner, E., Keage, H. A. D., Thomas, N. A., & Nicholls, M. E. R. (2012). How academics face the world: A study of 5829 homepage pictures. PloS ONE, 7, e38940.
  • McManus, I. C., & Humphrey, N. K. (1973). Turning the left cheek. Nature, 243, 271-272.
  • Lindell, A. K. (2017). Consistently showing your best side? Intra-individual consistency in #selfie pose orientation. Frontiers in Psychology, 8, 1-7.
  • Matsumoto, D. & Willingham, B. (2006). The thrill of victory and the agony of defeat: Spontaneous expressions of medal winners of the 2004 Athens Olympic Games. Journal of Personality and Social psychology, 91, 568-581.
  • Nicholls, M. E. R., Clode, D., Wood, S., & Wood, A. (1999). Laterality of expression in portraiture: Putting your best cheek forward. Proceedings of the Royal Society (Section B.), 266, 1517-1522.
  • Okubo, M. (2019). Faces of glory: The left-cheek posing bias for medalists of Brazilian jiu-jitsu competitions. Laterality: Asymmetries of Body, Brain and Cognition, 24, 56-64.
  • Okubo, M., Ishikawa, K., Kobayashi, A., & Suzuki, H. (2017). Can I trust you? Laterality of facial trustworthiness in an economic game. Journal of Nonverbal Behavior, 36, 217-225.
  • Okubo, M., & Ishikawa, K. (2019). The big warm smile of cheaters: Lateral posing biases and emotional expressions in displaying facial trustworthiness. Laterality: Asymmetries of Body, Brain and Cognition, 24, 678-696.
  • ten Cate, C. (2002). Posing as professor: Laterality in posing orientation for portraits of scientists. Journal of Nonverbal Behavior, 26, 175-192.
  • Todorov, A. (2017). Face value: The irresistible influence of first impressions. Princeton University Press.[A・トドロフ/中里京子訳(2018)『第一印象の科学:なぜヒトは顔に惑わされてしまうのか?』みすず書房]

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