【特集】
ヒトの「顔」とサカナの「顔」
堀田 崇(ほった たかし)
Profile─堀田 崇
大阪市立大学大学院理学研究科生物地球系専攻で学位(理学)取得。日本学術振興会特別研究員PDとして,大阪市立大学動物機能生態学研究室を経て,現在は京都大学心理学研究室に在籍。専門は動物行動学,動物心理学。論文は「魚類を対象とした比較認知科学研究の可能性」(動物心理学研究),The use of multiple sources of social information in contest behavior(共著,Frontiers in Ecology and Evolution)など。
ヒトの「顔」の起源を探る
私たちヒトにとって「顔」は特別な視覚刺激であると考えられている(Leopold & Rhodes, 2010)。「顔」は他の身体部位と比較して多様な情報を含んでおり,性別や年齢だけではなく感情や人種などを知ることができる。さらに,顔の個人間の違いはわずかであるにもかかわらず,素早く正確に個人を識別することができる。また,顔の情報を処理するときにパーツごとの違いに注目するのではなく,顔全体として違いを検出する「全体処理(holistic processing)」と呼ばれる顔特異的な処理をしていることが報告されている(Leopold & Rhodes, 2010)。このような高度な処理を必要とするヒトの顔認知(face recognition)はどのように進化してきたのだろうか。顔認知の進化について明らかにするためには,ヒト以外の動物が「顔」をどのように知覚し,どのような情報を獲得しているのかというアプローチが有効である。本稿ではヒトと系統的には離れた分類群であるサカナの「顔」に関する認知能力に焦点を当てた研究について紹介する。
サカナの「顔」に含まれる情報
水族館で優雅に泳ぐサカナたちの顔を注意深く観察したことはあるだろうか。よくよく見れば目の近くには模様があったり,個体ごとに異なる顔を持っていたりすることがわかるだろう。特にサンゴ礁に生息するスズメダイやベラの仲間では色鮮やかな模様がある種が多い(Kohda et al., 2015)。そこでまずは私たちが顔の特徴で他人を識別できるように,サカナたちが眼の近くにある模様で他個体を識別しているのかについて調べた。
アフリカにはタンガニイカ湖という九州ほどの大きさの湖があり,シクリッドと呼ばれるカワスズメ科に属するサカナたちが生活している。このシクリッドの一種であるNeolamplorogus pulcherというサカナ(図1a) は眼の近くにオレンジや茶色,黒色や青色で構成された複雑な模様をもち,その模様は個体ごとに異なることがわかっている。そこでこのサカナの写真を撮影し,「知っている個体」,「知っている個体の顔+知らない個体の身体」,「知らない個体」,「知らない個体の顔+知っている個体の身体」という四つのモデルを作成し(図2a),それらのモデルに対する反応を調べた。すると,「身体」が知っている個体のものかどうかにかかわらず,「知らない個体の顔」に対する警戒時間が長いことがわかった(図2b; Kohda et al., 2015)。この結果はN. pulcherが眼の近くにある模様で他個体を識別していることを示す。さらにこの識別が0.5秒以内にできるということも明らかになった。同様の結果は熱帯魚であるディスカス(Symphysopdon aequifasciatus;図1b)やタンガニイカ湖に住む他のシクリッド(Julidochromis transcriptus;図1c)でも報告されている(Satoh et al., 2016; Hotta et al, 2018)。これらの種はN. pulcherとは異なり,全身に模様があるにも関わらず顔の模様で個体識別をしているのである。また,一見して顔に目立った模様の見られないメダカでも顔(身体の前側の部分)で個体を識別できることがわかっている(Wang & Takeuchi, 2017)。
サカナたちの「顔」には個体を識別するための情報だけではなく,他にもいろいろな情報を伝えていることが明らかとなっている。サンゴ礁に棲むネッタイスズメダイ(Pomacentrus amboinensis)とニセネッタイスズメダイ(P. moluccensis)はヒトから見ると外見がとてもよく似ている。しかし紫外線を当てると「顔」に複雑な模様が浮かび上がる。Siebeckら(2010)は,実験の結果,この模様が種の認識に用いられていることを明らかにした。さらにサカナたちは,模様によって種を認識しているだけではなく,色の濃淡を変えることで闘争に対するモチベーションや自身の順位をも他個体に伝えていることも報告されている(Balzarini et al., 2017)。このように,まるでヒトの表情のように顔色を変化させることで刻々と変わる内部状態を伝えているのである。
サカナは「顔」をどのように知覚する?
近年のサカナの「顔」に関する研究は,顔からどのような情報を得ているのかについて調べたものが多い。一方で,サカナたちが顔をどのように知覚しているのかという知見も,「顔認知」を理解するうえでは重要である。Kawasakaら(2019)は,サカナたちが他個体の「顔」をヒトと同様に全体処理しているのか,それともパーツごとに部分処理しているのかを明らかにするために,倒立効果(face inversion effect)について調べた。倒立効果とは,顔が上下逆さまにして呈示されるとその認識や識別が難しくなるという現象である。倒立効果が生じるということは,顔を知覚するときに個々のパーツとしてではなく顔全体として認識していることの証拠であると考えられており,霊長類やヒツジなどの哺乳類で報告されている(Leopold & Rhodes, 2010)。そこで先ほど紹介したN. pulcherに同種2個体の頭部の写真を正立像または倒立像として呈示した。その結果,倒立像で呈示されたときは2個体の写真を識別することができないことがわかった。このような現象は他の物体に対しては観察されなかったことから,N. pulcherがヒトと同様に顔特異的な知覚をしていることが示唆された(Kawasaka et al., 2019)。「顔」を個々のパーツではなく,全体として処理をすることは,より瞬時に多様な情報を獲得することを可能にしているだろう。また顔を他の物体から検出しやすくしているとも考えられる。実際ヒトは三つの点があれば一見してその模様が顔のように見えてしまい,そこに注意が向いてしまう(シミュラクラ現象, Leopold & Rhodes 2010)。
ヒトやチンパンジーでは,様々な動物(哺乳類)の写真を呈示したときに,まず顔を注視することがわかっている(Kano & Tomonaga, 2009)。このような顔に対する選択的な注意はサカナにもみられるのだろうか。そこで私は,N. pulcherに同種他個体と全身写真を呈示し,どこの部分(顔・胴体・尾)をはじめに注視するのかを調べた。すると彼らはまず顔に対して注意を向けることがわかった(Hotta et al., 2019)。しかしN. pulcherは眼の近くの部位にしか目立った模様がない(図1a)ため,模様の顕著性によって注意を向けているだけかもしれないという可能性が残る。そこで眼の周辺のみならず全身にストライプ模様があるJ. transcriptusの全身写真(図1c)を提示したところ,同種のときと同様に顔に注意を向けることがわかった。このような効果は楕円などの物理的図形に起こらなかった。これらの結果から,ヒトやチンパンジーと同様にN. pulcherはまず顔に注意を向けるということが明らかになった(Hotta et al., 2019)。
サカナの「顔」から顔認知の起源を探る
これまで脊椎動物における顔認知の進化についてはあまり議論されてこなかったが,LeopoldとRhodes(2010)ではヒトから無脊椎動物までの顔認知研究についてレビューした論文で1つの仮説を提唱している。その仮説とは,脊椎動物が誕生したころに眼や口が捕食者や種の認識にとって重要な刺激であり,その後それらを含む部位を「顔」として認識しはじめたというものである。実際,海水魚であるデバスズメダイ(Chromis caeruleus)は捕食者かどうかを「眼の大きさや口の形」で判断していることが明らかとなっている(Karplus et al., 1982)。しかしこれまで紹介してきた研究は,サカナたちもヒトや類人猿と同様に「顔」を検出,知覚し,様々な情報を獲得していることを示唆しているため,その進化について再考する必要があるだろう。
近年の研究から哺乳類のみならずサカナも顔から個体情報をはじめとする様々な情報を得ているということが明らかになったが,それではそのような顔認知の進化についてはどのように考えればよいだろうか。言い換えれば,サカナと哺乳類の共通祖先に同等の顔認知能力があったと言えるのだろうか,ということである。この問いに対してはっきりと答えをだすことは現状得られている限られた知見だけではむずかしいが,より詳細に哺乳類とサカナの顔を比べてみるとその糸口は見つけられるかもしれない。特に個体識別に関する情報について考えてみると,実は哺乳類とサカナの間には相違点がある。哺乳類はパーツごとのわずかな違いやパーツ間の距離や配置をもとに個体を識別している(Leopold & Rhodes, 2010)が,サカナたちは「模様」を使って個体を識別している(Kohda et al., 2015; Satoh et al., 2016; Hotta et al., 2018)。
もし「模様」を使うのであればそれが「顔」である必要はないように思われる。Satohら(2016)は,サカナたちの個体識別の情報として顔にある模様が使われるようになった理由について3つの仮説を提唱している。一つ目の仮説は,サカナどうしが出会ったときに一般的に頭部が向かい合うhead-to-headの姿勢をとるからであるというものである("Encountering"仮説)。しかしディスカスは正面顔ではなく横顔でのみ他個体を識別しているということからこの仮説は支持されないだろう(Satoh et al., 2016)。二つ目の仮説は,重要な社会的シグナルはヒレなど損傷しやすい部位ではなく身体の中心部にあるというものである("Main-body"仮説)。ただ必ずしもそれが顔である必要はなく,また全身に模様のある種でも「顔」で個体識別のシグナルとなっているということから,この仮説も考えにくい(Hotta et al., 2018)。むしろ身体の模様は性淘汰によるもの,もしくは隠蔽のためのものであると考えられている(Satoh et al., 2016; Hotta et al., 2018)。最後の仮説は,サカナにとって「まず顔(特に眼)を注視する」傾向があり,その副産物として眼の周囲に重要な社会シグナルが集まったというものである(“Face-specific(gazing-eye)”仮説)。先述の通り,N. pulcherは他個体の写真を呈示されたときにまず顔を注視することがわかっている(Hotta et al., 2019)。つまりLeopoldとRhodes(2010)で提唱されたように,脊椎動物が誕生したときには,顔(特に眼や口などのパーツ)はすでに種認識や捕食者検知のために重要なシグナルとして用いられていた。そのために他個体と出会ったときにまずは顔を注視するようになり,重要な社会シグナルが顔に多く含まれるようになったという仮説である。サカナの顔認知研究はまだまだはじまったばかりで十分な知見がないため,これ以上これらの仮説について考察することはできない。しかし,全身に模様のない種での検討や,サカナにおける顔を呈示した時にどのような神経回路や脳部位が反応しているのかを調べることにより顔認知の進化について検証することができるだろう。
おわりに
本稿ではサカナの顔認知に関する研究を紹介した。一見無表情に見えるサカナの顔にも多くの情報が含まれており,それらの複雑な情報を巧みに読み取っていることがわかってきた。ときには私たちのように表情を変えてコミュニケーションをとっているのかもしれない。サカナは地球上の様々な環境に適応しており,その社会性も多様であるということから,脊椎動物における顔認知の進化にどのような社会要因(e.g., 群れで生活するような高い社会性)が影響しているのかについて検証するにはとてもいい分類群であろう。サカナの顔認知研究は近年注目されはじめたばかりであり,今後どのような成果が報告されていくのかとても楽しみである。ぜひ水族館に足を運んだときには,優雅に泳ぐサカナたちの顔をゆっくりと眺めてみてはいかがだろうか。
文献
- Balzarini, V., et al. (2017). Computer animations of color markings reveal the function of visual threat signals in Neolamprologus pulcher. Current Zoology, 63, 45-54.
- Hotta, T., et al. (2018). Face recognition in the Tanganyikan cichlid Julidochromis transcriptus. Animal Behavior, 127, 1-5.
- Hotta, T., et al. (2019). Fish focus primarily on the faces of other fish. Scientific Reports, 9, 8377.
- Kano, F. & Tomonaga, M. (2009). How chimpanzees look at pictures: A comparative eye-tracking study. Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences, 276, 1949-1955.
- Karplus, I., et al. (1982). A preliminary experimental analysis of predator face recognition by Chromis caeruleus (Pisces, Pomacentridae). Zeitschrift fur Tierpsychologie 58, 53-65.
- Kawasaka, K., et al. (2019). Does a cichlid fish process face holistically? Evidence of the face inversion effect. Animal Cognition, 22, 153-162.
- Kohda, M., et al. (2015). Facial recognition in a group-living cichlid fish. PLoS ONE, 10, e0142552.
- Leopold, D. A. & Rhodes, G. (2010). A comparative view of face perception. Journal of Comparative Psychology, 124, 233-251.
- Satoh, S., et al. (2016). Facial recognition in a discus fish (Cichlidae): Experimental approach using digital models. PLoS ONE, 11, e0154543.
- Siebeck, et al. (2010). A species of reef fish that uses ultraviolet patterns for covert face recognition. Current Biology, 20, 407-410.
- Wang, M. Y. & Takeuchi, H. (2017). Individual recognition and the 'face inversion effect' in medaka fish (Oryzias latipes). eLife, 6, e24728.
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