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吊り橋効果で農家になろう!

高橋 史
信州大学学術研究院教育学系 准教授

高橋 史(たかはし ふみと)

Profile─高橋 史
早稲田大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。博士(人間科学)。葛飾区子ども発達センター心理発達専門員を経て,2011年から現職。2018年9月より一年間,サイモンフレイザー大学にて客員研究員を兼任。専門は臨床心理学。著書は『臨床児童心理学』(分担執筆,ミネルヴァ書房)など。

かの有名な「吊り橋効果」の実験がおこなわれたのは,一体,どこだと思いますか? 正解は,カナダのブリティッシュコロンビア州バンクーバー近郊にあるキャピラノ吊り橋。観光地としていつも多くの人で賑わっていて,在外研究の受入先研究室の院生が観光案内で連れていってくれたのは良い思い出です。そこから車で30分ほどのところにあるサイモンフレイザー大学で,在外研究の貴重な1年間をすごしてきました。

日本とカナダでは思っていたよりも共通点が多かったとは言え,個人的に感じた両者の違いを挙げるなら,その最たるものは「働き方」です。"働く"という行為を「もっぱら金銭獲得を目的として,自らの時間と労力を切り売りする行為」と操作的に定義するなら,サイモンフレイザー大学の人たちの働き方は本当に必要最小限です。もちろん,定時の間はやはりバタバタと忙しそうにしています。しかし,事務所は定時でキッチリ閉まって,本当に人がいなくなります。教員の中には定時後も大学にいる人がチラホラいますが,爽やかな顔をして「もうちょっとこの分析がしたいんだ」とカフェインレスコーヒーを飲みながら語り,さて,とシミュレーションゲームにのめりこむ子どものように再び執筆の世界に戻っていきます。日本で私がしている仕事を聞かれて「学内業務,授業,学位論文指導,臨床,臨床の勉強,英語の勉強,統計の勉強,執筆……」と答えると,十中八九,「クレイジーだ」と言われます。環境的に仕方がない側面もあるとはいえ,たしかにクレイジーではありますし,成果に結びついているかと言われるとそうでもありません。

自然体の働き方でクレイジーな成果を上げる彼ら/彼女らの仕事の仕方は,喩えるなら,共同経営体の農家です。ひとつの大きな畑をみんなで耕して,体系的に時間をかけて畑を育てて,十分に実ったところで各自の興味に応じて収穫する。大きな収穫ができるまでの間は,畑のすみっこに早く収穫できる小さな種を撒いて時間をすごす。畑を耕し始める前に慎重に妥協せずに計画を立てて,研究が動き始めたら大量の単純作業をとにかく手間暇かけて愚直に続ける。たまに「もうやってらんない」と愚痴も言いたくなるから,お茶やお酒を飲みながら談笑する時間も大切にする。サイモンフレイザー大学の研究者とその仲間たちは,そんな農家のような研究スタイルでした。それは,市場(学会や学術誌)でお目にかかる成果物(論文)としても,大規模で良質なものがバンバン出てくるというものです。その喩えでいくと,カナダに行く前の私は収穫することばかりに必死になって,早く収穫できる種を室内用の小さなプランターにちょこちょこ植えるくらいしかしていなかったなと,反省するばかりです。自宅のプランターという環境しか知らない状態で市場にある成果物を見ても作れる気がしませんが,畑と栽培プロセスを自分の目で見てくると,プランター農家なりのやり方を考えられるようになります。

2019年9月に帰国してからは,日本でのクレイジーな毎日に再び忙殺されています。それでも,農家のように長期的視点に立って,新たに介入研究プロジェクトを始めました。大学に入学してはじめて心理学の授業を受けたときのような,あのワクワクした気持ちで研究に取り組んでいます。在外研究という非日常のワクワクしているときに研究をしていたものだから「研究=ワクワク」という誤帰属をしている,そういう吊り橋効果もあるかもしれません。バンクーバーですし。再現可能性問題で心理学が危機にある中,体を張って,N=1で吊り橋効果を再現してきました。おかげさまで今でも研究に対するワクワクは続いていて,受入先研究室のメンバーとも共同研究で連絡を取り合う良い関係が続いています。キャピラノ吊り橋を一緒に渡った院生だけがメールの返信をくれないのは,きっと気のせいです。

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