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巻頭言

分かるということ

北海道大学 名誉教授
阿部純一(あべ じゅんいち)

研究では対象をよく分かることが肝腎である。分かるとは,端的にいえば,分けられることである。例えば,心理学が分かるためには,心理学以外のものから(特に他の学問から)心理学を明晰に分けられなければならない。心理学は自然科学と呼ばれる物理学や生物学とどこが違うのか。また,社会科学と呼ばれる経済学や社会学と,人文学(the humanities)と呼ばれる倫理学や美学と,さらには工学,看護学,教育学,等々の社会的要求に応えようとする学とはどこが異なるのか。それら各種の学問との違いをきちんと認識できなければ,大学や社会で心理学を解説することはできないはずである。

私が心理学を学び始めた50年ほど前には,国内外の標準的教科書の冒頭には「心理学は行動の科学である」と書かれていた。そのことを踏まえ,私自身は,大学で講義を担当し始めた40年ほど前,「心理学は心の科学である」と述べるようにした。つまり,当時の私は行動と心,あるいは行動現象と心理現象,という二つの概念の違いを強く意識していたわけである。同様に,認知心理学の授業では,「認知(知,cognition)」と「感情(情,affection)」や「意(conation)」との違いを解説することから始めた。分かるためにいつも相対化を意識していたのである。

心理学の歴史を知れば,「behavioral science行動科学」があったので,その後に「cognitive science認知科学」が生じて来たことが分かる。そして,現代でも同じように,「認知科学」があったからこそ近年の「affective science感情科学」の興隆があることがよく分かる。そして,いずれ「conative science意の科学」の動きが盛んになるであろうことも予測できる。なにしろ心理現象は大きく知と情と意の三側面があるのであるから。そして,そうした観点からすれば,60〜70年前の条件付けが主であった頃の心理学は動因,誘因,欲求,動機付けなどの概念が頻出していたのであるから,その頃は「意」の科学の時代であったといってもよいことが分かる。結局,近代以降の心理学は,時代時代で見かけがどのように変わろうとも常に知や情や意の心理現象についての事実を追究する科学であり続けているわけである。当然であろう。心理学とはそういう学問であり,そこでの確実な知見の蓄積なしには,臨床や教育などについての時代時代の社会的要求に対処することもできないことになってしまうからである。

阿部純一

Profile─阿部純一
1969年,北海道大学工学部応用物理学科卒業。北海道大学大学院文学研究科心理学専攻修了。北海道大学教授,放送大学客員教授などを歴任。専門は認知心理学,認知科学。著書に第4回大川出版賞を受賞した『人間の言語情報処理:言語理解の認知科学』(共著,サイエンス社)のほか,『認知科学入門:「知」の構造へのアプローチ』(共著,サイエンス社),『認知科学の展開』(共編著,放送大学教育振興会)など。近刊に『絶対音感を科学する』(共編著,全音楽譜出版社)がある。

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