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【小特集】

AIとの対話による医療補助の現状と今後

荒牧英治
奈良先端科学技術大学院大学 教授

荒牧英治(あらまき えいじ)

Profile─荒牧英治
2005年,東京大学大学院情報理工系研究科博士課程修了。博士(情報理工学)。東京大学医学部附属病院特任助教,京都大学デザイン学ユニット特定准教授などを経て2020年より現職。専門は自然言語処理,医療情報学。著書に『医療言語処理』(単著,コロナ社)など。

はじめに

医療において,対話を始めとした言葉を扱う人工知能(以降,AI)が注目されている。すでに,画像処理や映像処理についてのAIは多くの成果を上げつつある。しかし,言葉を扱う医療AIはなかなか登場しなかった。登場しないばかりか,医療AIがどのようなシーンでどんなことをするかも漠然としており,イメージが明確に定まっていなかったのが実情であろう。しかし,この状況は変わりつつある。普段身につけているスマートウォッチや家庭のスマートスピーカが音声発話を理解しつつある今,なぜ,医療サービスにおいて,この技術を使えないのか?使えないはずはあるまい。このことに皆が気づき始めたのか,にわか言葉で医療を変えるという研究が増えつつある。この流行はまだ始まったばかりであり,この先何が起こるか分からないが,測定パターン,治療パターン,自助パターンという三つに大別できるように思う。

測定パターン:患者の病態を測る

三つのパターンの中で,もっとも早くから行われてきたのが,言葉により病態の測定を行う研究である。2007年ごろから増え始め,軽度認知症,失語症や自閉症など,様々な疾患に対して広まりつつある。ちょうどこの頃から,情報処理の分野ではビッグデータ解析がブームとなり,言語処理におけるビッグデータとして,患者データが注目されたとも言える。言葉という無侵襲に近い方法で患者の状態を知ることができるのは大きな可能性を持つが,測定可能な項目は限定されたもので,これまでに次の項目が扱われてきた。

感情:感情に関連した単語の出現頻度をベースに感情を推定する。主に,抑うつや情動障害の測定に用いられる。感情語セットとしては,Linguistic Inquiry and Word Count(LIWC)(https://liwc.wpengine.com/)が頻用される。残念ながら,今日まで,LIWCの日本語版は存在していない。そこで,筆者らは,クラウドソーシングにて集めたエピソードから感情別単語集であるJapanese linguistic Inquiry and Word Count(JIWC)(https://github.com/sociocom/JIWC-Dictionary)を構築し,定期的に更新している。

語彙量:単語のばらつきや難易度から語彙量を推定可能である。単語の意味とは無関係な尺度であり,発話全体として定義される。よって,音声認識誤りなどのミクロなエラーの影響を受けにくい。この性質を利用して,高い精度での自動測定が可能である。本邦でも,大阪国際がんセンターにて認知機能測定を実施している(図1)。

図1 大阪国際がんセンターに設置された語りの収集ブース
図1 大阪国際がんセンターに設置された語りの収集ブース

いずれの項目においても,独話を行うのは珍しい経験であり,多くの人は困難を感じる。そのため,擾乱が少なく,かつ,発話しやすい環境設定が必要となる。そこで,しばしば採用されるのが,特定の刺激や形式を制限した対話である。例えば,図や映像を提示し説明してもらうもの,「最近もっとも楽しかった出来事は」などのテーマに沿ったエピソードや,「怖い」「きれい」などの形容詞から連想されるエピソードを引き出すものなどが存在する。ただし,対話では,検査者の対応の質が大きなバイアスになるという欠点がある。そこで,より高度な方法として,AIにて簡単な対話を行う方法も試みられている。現在の音声認識をもってしても,意味のある対話を一定時間継続することは困難であるが,相槌などコミュニケーションチャンネルの維持のみに専念すれば,相当に自然な対応が可能である。

治療パターン:お医者さんAIを目指す

もっとも素朴には,医師の代わりのようなAIロボットがあってもいいように思うが,そのようなAIは未だ存在しない。一つの原因は,大量のデータを必要とするAIに対して,そのデータを提供できない医療現場の多忙さがある。現場の実感としては,将来的に便利になると分かっていても,今,AI開発にさける時間はないというのが本音であろう。この問題を解く一つの方法は,患者情報を要約して医療者へ繋ぐAIである。まず,患者から膨大な情報を集め,次に,そこから医療者が必要な情報のみを抽出して表示し,判断の一助とする。お医者さんAIというよりも,お医者さんの御用聞きくらいのイメージであるが,このAIは法整備やインフラ整備を必要とせず,医療者側はゼロコストで診療に使うことができる。

ただし,このAIを実現するためには,時として非文法的かつ断片化した患者テキストを解析し,症状の変化や有害事象イベントといった臨床上重要な情報を高い精度で抽出する必要がある。これには,単なる用語抽出(固有表現認識)だけでなく,用語が示すイベントが実際に発生したのかどうか(事実性判定),さらに同義語や表記ゆれの吸収などを経て特定のイベントを情報抽出するといった一連の自然言語処理の総合タスクを解く必要がある(図2)。このような技術は,医師が記述する電子カルテにおいてはすでに確立しつつあり,読影所見など領域を絞れば精度は極めて高い。今後,スマートスピーカなどの普及に伴い,ますます盛り上がっていくと期待される。

図2 医療言語処理の例
図2 医療言語処理の例
自由記載したテキストに含まれる副作用を日時(頻度),部位,症状の国際標準分類(ICDやMedDRA)に変換し,データベースに格納する。

自助パターン:患者同士の場を支援する

最後に,当事者研究などの自助を支援する試みについて述べる。当事者研究は,発達障害,統合失調症や依存症などの困難に直面した人々が,自分自身の生きやすさに繋がるような研究テーマを設け,生きづらさを客観的に研究することで回復に繋げる活動である。当事者研究の実践の形式は定められていないが,グループによって,定期的に開く会合をベーすることが多い。しかし,当事者が物理的に近くに居住している必要性があり,コロナ禍の状況においては,物理的な会合を前提にした活動には制限も伴う。

そこで,インターネット上でのバーチャルな当事者研究の試みも行われている。インターネット上での当事者研究では,映像やテキストなど様々なメディアを,リアルタイムやアーカイブなど様々な形態で用いることが考えられるが,我々は,インターネット掲示板のようなテキストベースのアーカイブシステムを「エピソードバンク」と呼んで運営している。ここでバンクという呼称を用いているのは,研究材料を集積して提供する生命科学や医学系領域で利用されているバイオバンクとのアナロジーであり,当事者の体験の語りが研究試料として研究の役に立つという考えに依拠している。さらに,エピソードバンクは,当事者研究だけなく,乳がん患者のためのABCエピソードバンク(https://abc.episodebank.com/)などにも発展している。

おわりに

本稿では,AIとの対話を含む言語による医療補助の現状と今後について概観した。今後,AI+言葉の医療進出が進むことは間違いがないが,どのような形で実装されるのかについては,まだまだ多くの可能性がある。この問題は医療者ばかりでなく,工学者,倫理学者,患者当事者,そして本書の読者である心理学者も含めて広く議論されるべきである。

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