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裏から読んでも心理学

半径10センチメートルの天然色

慶應義塾大学文学部 教授

平石 界

石原式色覚異常検査というものがありまして、子供の頃すごく嫌でした。あんなモザイク模様の円盤の中に数字が見えるとか言われても、俄には信じられませんよね。しかも同級生はなんかバチバチ答えていくし、悔しいので前の子の答えを盗み見て暗記して乗り切ったのも今となっては良い思い出ですが、そもそも乗り切れてなくて、通知票にはしっかり色弱と書かれていたのでした。

そんなわけで色には色々とコンプレックスがあり、逆にそれをネタにこんな記事を書いたりしているわけですが、なんだ、正常色覚とか言ってる君らも大したことないじゃんとドヤりたくなる論文があったのでした。

CohenさんとRubensteinさん(2020)、実験参加者に写真をひたすら見てもらいました。顔とモニタの距離を顎台で57センチに固定したら、26センチ四方の正方形のカラー写真を次々と見て、真ん中に人の顔が写っているか答えるのです。10枚まで終わって最後の11枚目が曲者。写真の中心、半径4センチの範囲内こそカラーですが、その外は白黒写真になっていたのです。ところがなんと7割もの参加者がこの変化に気づかなかった。それも「最後、なんか変じゃなかった? 実は変だったんだけど何だと思う? 最後の写真なんだけど分からない? 実はこんな写真だったけど気づかなかったかな?」と、それはそれはしつこく尋ねた上での7割です。なんてこった。

少し心理学をかじった人なら「周辺視野は色が見えないって話でしょ?」と思うかも知れませんが、あの話はちょっと盛りすぎだよ……とボヤキ気味のレビューがあるくらい、最近の常識ではそうでないらしい(Rosenholtz, 2016)。つまり色が見えないわけではないけど、気づかなかった。なぜだ。実は一つ大事な話があって、写真が表示されたのはわずか0.28秒でした。うん、そんな一瞬なら気づかない人もいるかもしれない。

ということで、なのかどうなのか分かりませんが、同じラボからもう一本出てます(Cohen, Botch, & Robertson, 2020)。こちらは21世紀っぽくハイテク。そう、参加者がVRゴーグルを被ったら、彼女を包む全ての視界は実験者の思うがまま。加えてゴーグル内には被ってる人の視線方向を検知するアイトラッカーまで仕込まれていたというのですから、技術の進歩はすばらしい。

アフリカのサバンナでサイに囲まれたり、何かDIYしてるっぽい作業部屋に放り込まれたり、参加者が全球360°の映像をうろうろと眺め回しているうちに奇妙なことが起きます。視線の向いた先を除く「世界」が急速に色を失っていったのです。視線を動かせばその先だけが色づき、外は全てグレイスケール。その状態が8秒間続き、そして皆さんのご想像どおり、それでも気づかない人が続出。目安として、腕を伸ばした先にマンホール大(半径約30センチ)の円があると考えてみて下さい。その内側だけが色付きで、外側は全て色を失ったというのに8割の人が違和感を抱かない。円を半径10センチまで狭くしても、まだ3割の人は気づかなかったというのですから酷いもんです。おんどりゃ一体なに見て暮らしとんねん。さらにさらに、全ての種明かしをした上で再トライしてもらっても、気づけないことが随分とある。

かつて哲学の授業で「皆さんが目を外した瞬間だけ、この教卓がこの世から消えてるかも知れませんよ」と言われたときのワクワクを思い出させてもらいました。あなたの世界は、ちゃんと色がついてますか?

Profile─ひらいし かい
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。東京大学,京都大学,安田女子大学を経て,2015年4月より慶應義塾大学。博士(学術)。専門は進化心理学。

平石 界

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