心理学ライフ
私の読書の楽しみ方
大塚秀実(おおつか ひでみ)
Profile─大塚秀実
上智大学大学院文学研究科心理学専攻臨床心理学コース修了。心理学(博士)。2013年より現職。専門は臨床心理学。論文に「学業不振学生を支えるカウンセリングの機能」日本学生相談研究, 40(3), 153–162, 2020など。
コロナ禍と呼ばれるいま,まったく落ち着いて過ごすことはできないし,心穏やかにいることもなかなか難しい。どこかふわふわした気分のまま,数か月を過ごしている。みんなどうやって過ごしているのか,気になる。『仕事本:わたしたちの緊急事態日記』『コロナ禍日記』『武漢日記』『英国ロックダウン100日日記』をがつがつと読む。世界中の人がこの事態に戸惑いつつ,不安を抱えながらも,生活していることを知って,少し安堵する。落ち着かないことも普通のことなのだと実感できてほっとする。日記執筆者は誰もそんなことは言っていないけど,私は勝手にメッセージを受け取ってほっとする。
そして,どの本にも共通しているのは,食べたいものを食べることができるのは幸せをもたらす,という事実だ。食べることは素晴らしい。しかし,ずっと家にいると,朝から晩まで食事を作って食べて,食べ終わるとすぐに次の食事のことを考える。緊急事態宣言中は,ホントに食事のことばかり考えていたような気がする。すぐに次の食事がやってきて,また準備をしなければならない。食事の献立を考えて作って後片付けをするという一連の動作が面倒になってきて苛立っていたことを鮮明に思い出した。
私の趣味は読書である。本が好きというよりすでに習慣となっている気がするし,ときどき本業を邪魔しているような気もするけど,ま,それもよいではないかと思うことにしている。毎週,「週刊読書人」が家に届き,それを通勤時に読む。
読んでもすぐに忘れることが多いので,あまり覚えていないのだが数冊は記憶に残る。一冊は,オリヴィエ・レイの『統計の歴史』である。心理学科にいると,統計は必須である。学生の頃,心理統計は困難な授業のひとつで,なんで統計なんてあるんだろうとよく思っていた(勉強しなきゃではなくて,なんであるんだろうと思うところが浅はかである)。統計が国家の成立と関わっていて近代国家が興った19世紀に広がったと知り,結構最近のことじゃないかとびっくりした。オリヴィエ・レイという人はとても博学らしく,近代国家の学問についても論じていた。知識が広くて深くて楽しそうに論じている本に出合うと,それを読んだ私も頭がよくなった気がする。ちょっと嬉しい。
もう一冊は,『追悼文選:50人の知の巨人に捧ぐ』である。いま大人気のカミュの追悼を書いているのは誰かと探すと,小島信夫だった。絶版が多い作家だとまったくどうでもいいことを思い出す。ちょうど同じ頃,『ニューヨーク・タイムズが報じた100人の死亡記事』を書店で見て買ってしまう。フロイトを見つけるが,その他の心理学者は誰も入っていない。日本からは,黒澤明と裕仁の名があった。裕仁って誰だろうと思って調べたら,昭和天皇だった。『追悼文大全』も,うっかり買ってしまう。本業に支障がでた。これらを読みながら,私は『追悼文選:日本の心理学の巨人』って本ができないだろうかと妄想してしまう。元良勇次郎か,松本亦太郎か?原口鶴子も入って欲しい。いや,私の妄想なんだし,心理学草創期に間接的に影響を与えた人も入れてもよいかもしれない。もしかしたら,日本の心理学の歴史が違う角度から見えるかもしれない。夏目漱石も入ってもよいかもしれない。そして,心理とはまったく関係ないかもしれないけど,電灯の影響もあるだろうからエジソンもかな,などと,ありもしない本について考えながら,今日も,私はストレスを解消しているのである。
読んだ本
- 左右社編集部(編),尾崎世界観・町田康・花田奈々子他(著)(2020)『仕事本:わたしたちの緊急事態日記』左右社
- 植本一子・円城塔・王谷晶他(2020)『コロナ禍日記』タバブックス
- 方方(著),飯塚容・渡辺新一(訳)(2020)『武漢日記:封鎖下60日の魂の記録』河出書房新社
- 入江敦彦(2020)『英国ロックダウン100日日記』本の雑誌社
- オリヴィエ・レイ(2020)『統計の歴史』 原書房
- 「週刊読書人」編集部(編)(2020)『追悼文選:50人の知の巨人に捧ぐ』読書人
- ウィリアム・マクドナルド(編),矢羽野薫・服部真琴・雨海弘美(訳)(2020)『ニューヨーク・タイムズが報じた100人の死亡記事』河出書房新社
- 共同通信文化部(編)(2016)『追悼文大全』三省堂
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