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古典的実験機器はどのように使われていたか(5)─触覚計の場合
吉村 浩一(よしむら ひろかず)
Profile─吉村 浩一
京都大学大学院教育学研究科教育方法学専攻博士課程満期退学。京都大学教養部助手,金沢大学文学部講師,助教授,明星大学人文学部教授を経て,2003年より現職。専門は知覚・認知心理学。著書は『運動現象のタキソノミー』,『逆さめがねの左右学』(いずれもナカニシヤ出版)。
触覚計は,触られた感覚の敏感さを測定するための装置で,測定の目的によって大きく二つのタイプに分かれます。一つは,同時に触れた2点が1点ではなく2点と感じられるぎりぎりの距離(2点弁別閾)を測定する目的です。もう一つは,微弱な接触を強めていき,触れられている感覚がぎりぎり生じるときの強さ(絶対閾)を測定する目的です。写真1は『実験心理写真帖』(1910,弘道館)に掲載されている腕の2点弁別閾を測定している様子です。2点弁別閾に関しては,指の先端部などでは閾値が低く(敏感で),背中では驚くほど高い(鈍感な)ことはよく知られています。写真1のように同じ腕でも,腕の表裏,下腕,上腕によって閾値は違います。
まず,2点弁別閾を測定する触覚計から見ていきます。その測定には,写真1に示したコンパスのような触覚計を使いますが,大切なことは,2点同時にできるだけ同じ強さで皮膚に接触すること,そして被検者は触られている様子を見てはいけないことです。写真1の触覚計は現存していませんが,別のタイプの触覚計が3種類現存しています。いずれも開発者の名前のついた,京都大学(KT00007,山越工作所製)と新潟大学(NG00043,Zimmermann社製,写真2)に残る「エビングハウスの触覚計」,東北大学に残る「ミショットの皮膚感覚計測器」(TH00004,Boulitte社製,写真3),それに東京大学(TK00021)と関西学院大学(KG00008,写真4)に残る「スピアマン式触覚計」です(スピアマン式のものは現在も使われ販売されています)。
スピアマン式触覚計になると,コンパスというよりノギスのようです。測定精度もノギスと同じく,バーニアスケールにより0.1mm単位まで測れます(他の2タイプの触覚計にはバーニアスケールがついていません)。しかし,スピアマン式触覚計はノギスと重要な点で違っています。ノギスは全体が金属でできていますが,スピアマン式触覚計は皮膚に触れる部分に異なる材質が使われています(皮膚に触れたとき冷たさや痛さを感じないため)。その材質は他の方式の触覚計とも共通していて,昔のものほど高級で,カタログによると山越工作所の「エビングハウス氏触覚計」には象牙が使われていたそうです。時代が下るにつれて,エボナイトから合成樹脂へと変化します。また,スピアマン式触覚計にはノギスと違い,頭に角(つの)が1本ついています。毎回,2点を刺激していたのでは,知恵の働く被検者は,本当は1点と感じるのに「2点」と答えるかもしれません。1点刺激と2点刺激を混ぜることで,ずるい反応を防げます。もちろん,角の部分も金属ではありません。
一方,触覚の絶対閾を測るための触覚計は,シャープペンシルのような構造をしています。「毛端触覚計」という名称で,山越工作所の製品が金沢大学資料館(KZ00020,写真5)と新潟大学(NG00040)に現存しています。シャープペンシルは芯を少しだけ出して使いますが,毛端触覚計で絶対閾を測るきには,芯を長く出して使います。芯には,人毛や馬の尾毛が用いられます。これも,冷たい感覚を与えないためですが,しなやかさも重要です。シャープペンシルのように芯を少ししか出していないと,たとえ馬の毛でも強い刺激となり,絶対閾は測れません。毛を長く出せば出すほど,ソフトな接触で刺激できます。長い毛をどこまで短くすれば触られたとわかるかのぎりぎりのところで,触感覚の絶対閾を測ります。シャープペンシルでは芯を出すために頭をノックしますが,毛端触覚計では胴体部分を回して調整します。先端から毛がどれだけ出ているかは,胴体部分に刻まれた目盛りで読み取ります。絶対閾を測定するときには,測定される部位付近の産毛を剃っておく準備も必要です。毛端触覚計は,触感覚の絶対閾だけでなく,弁別閾の測定にも使われます。毛の長さを変化させた2種類の接触に対し,違いを感知できるぎりぎりの差の測定です。また,先端から出ている毛の長さを変えて圧点を調べたり,毛を少しだけ出した状態で痛点を調べたりすることもできます。
こうした測定は,心理学というより,ただの身体測定のように思えるかもしれません。しかし,心理学で絶対閾や弁別閾を測定するときの方法を思い出してください。測定は1回だけでなく,恒常法や極限法などの手順に従い,場合によっては気の遠くなるほどの試行を繰り返し,主観的等価点などの心理学的測定を行っていたのです。
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