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【特集】

非侵襲的脳刺激から紐解く運動機能を支える神経メカニズム

上原 一将
自然科学研究機構 システム脳科学研究領域 神経ダイナミクス研究部門 助教

上原 一将(うえはら かずまさ)

Profile─上原 一将
2013年,広島大学大学院総合科学研究科博士課程後期修了。博士(学術)。アリゾナ州立大学博士研究員,理化学研究所基礎科学特別研究員などを経て2019年より現職。総合研究大学院大学・生命科学研究科 助教,理化学研究所・理研CBS–トヨタ連携センター 客員研究員などを兼任。専門は神経科学,リハビリテーション科学,スポーツ科学。著書に『感覚入力で挑む』(分担執筆,文光堂)。

はじめに

非侵襲的脳刺激は1980年代後半から実用化され,神経科学や医学分野で広く用いられている中枢神経刺激手法である。非侵襲であるため身体を傷つけることなく,痛みを伴わず脳活動を可視化あるいは操作できるため,ヒトを対象とした研究においてその貢献度は高い。本稿では,非侵襲的脳刺激と運動の巧緻性に着目し最近の知見について解説する。また,今後の非侵襲的脳刺激研究の展望についても議論する。

脳の興奮性変化を可視化する

図1 TMSと運動誘発電位について
図1 TMSと運動誘発電位について
左一次運動野をTMSで刺激することにより対側の右手指から運動誘発電位を記録することができる。得られた運動誘発電位の振幅値は皮質脊髄路の興奮性を表す指標となる。

非侵襲的脳刺激のひとつである経頭蓋磁気刺激(Transcranial Magnetic Stimulation, TMS)は筋電図と組み合わせる方法で誘発電位として脳の興奮性を評価することが可能である。筋電図上に誘発された活動電位は運動誘発電位(Motor Evoked Potential, MEP)と呼ばれ,その振幅値の大きさを評価する。詳細な解剖学的説明は省略するが,MEPは大脳皮質一次運動野(以下,一次運動野)と脊髄を含む皮質脊髄路の興奮性変化を反映している。皮質脊髄路は延髄下端で錐体交叉するため, TMSで左一次運動野を刺激することにより右手の筋肉でMEPが観察できる(図1)。近年,TMSを用いて一次運動野の興奮性と運動技能の関連性ついて検討した研究が多く存在する。

随意運動制御では要求される運動形式により皮質脊髄路の興奮性が異なる。例えば,手指で物を掴む巧緻性を伴う運動では物を掴む直前で指を閉じる時,また対象物に触った時に動作肢と対側の一次運動野を含む皮質脊髄路の興奮性が特異的に高まることを報告している[1]。つまり,精密把握の際には一次運動野の興奮性増加が要求される。一次運動野の興奮性が運動の巧緻性と深く関与することをさらに立証する研究として,高度な運動技能を有する者は一次運動野の興奮性が一般人と異なることがTMSを用いた我々の研究で明らかになっている。我々は,足の巧緻性運動がボールコントロールの際に要求されるサッカー選手の足支配領域一次運動野をTMSで刺激し,足首の巧緻性運動に最も関与する前脛骨筋からMEPを記録した。結果として,サッカー選手は一般人と比較してMEP振幅は高値を示した。MEPの振幅値は皮質脊髄路全体の興奮性を反映しているため,一次運動野と脊髄どちらがMEP振幅変化により貢献しているかを検討するために脊髄反射を記録したところ,脊髄反射はサッカー選手と一般人の間で差異は認められなかった。また,二連発TMS刺激を用いて皮質内抑制・促通の動態を評価したところサッカー選手は一般人と比較して一次運動野の脱抑制が認められた。これらの結果から,サッカー選手のように巧みな足首運動を長期的にトレーニングしている者は一次運動野の興奮性が特異的に異なることを明らかにした[2]。また,さらに高度な巧緻性運動を要求されるピアニストにおいても同様に一次運動野の興奮性が顕著に異なる。我々の研究グループでは,ピアニスト,ピアノ非経験者,局所性ジストニア罹患ピアニストの3群における一次運動野抑制・促通回路を二連発TMSにより評価したところ,ピアノ非経験者と比較してピアニストは一次運動野の興奮性が脱抑制傾向であった。ジストニア罹患ピアニストはピアノ非経験者,ピアニストと比較してさらに顕著に脱抑制しており,この過度の脱抑制がピアノ打鍵の過度のばらつきや鍵盤からスムースに指を離す能力の低下すなわち運動の巧緻性低下と関連があることを明らかにした[3]。これら研究からTMSを用いて一次運動野の興奮性を評価することで運動の巧緻性との間に存在する詳細な神経生理学的関連性を明らかにすることが可能であると言える。

全脳レベルで考えると様々な脳領域が運動の巧緻性に関与している可能性があるが,少なくとも一次運動野は運動の巧緻性をencodingしている脳領域と言っても過言ではない。筆者のこの主張をさらに補足するユニークなTMS研究を紹介したい。Gentnerら[4]は,安静時に一次運動野の手指筋支配領域にTMSを与えることで誘発される指の動きについてオンラインで関節角度変化を計測できるセンサーグローブを用いて記録し,得られた関節角度の数値データに対して主成分分析(大量にある説明変数をより少ない指標や合成成分に要約する次元縮約手法)を行い,関節運動における特徴量抽出アプローチを行った。この研究では高度な手指運動技能を有するバイオリン奏者を対象とし,主成分分析で得られた4つの関節運動特徴量を用いて手指運動の時系列関節角度変化を再構築したところ,TMSによって安静時に誘発された随意的でない指の動きから再構築した関節角度時系列データにも関わらず,70%という高い精度で実際にバイオリンを演奏している際の関節角度時系列変化を再現できた。また,この再現精度はバイオリンの練習期間が長いほど高いことが報告されている。つまり,一次運動野は繰り返しトレーニングした運動技能に関する情報をencodingしていると考えられ,一次運動野が運動の巧緻性に深く関与していることがMEP記録を用いないTMS手法でも立証されている。

ここまでは運動を制御する動作肢と対側の一次運動野に関する知見を紹介してきたが,動作肢と同側の一次運動野が運動の巧緻性に関与していることが我々の研究で明らかになった。我々は巧緻性を伴う運動と同側一次運動野の関係を明らかにするために箸でビー玉を掴む巧緻性動作を行なっている最中に同側一次運動野にTMSを与え,興奮性変化を評価した。巧緻性を伴わない箸を使わずに手指で物を摘む擬似条件と比較して箸を使う条件では,同側一次運動野の興奮性が顕著に高まり,脱抑制が認められた。この傾向は,非利き手(左手)で行った場合さらに顕著になることが明らかとなった[5]。これらの知見から,巧緻性が要求されるような運動課題では対側運動野のみならず,同側運動野もその制御に動員され,左右一次運動野を連結する白質線維である脳梁を介して神経情報のやり取りを行なっている可能性が示唆された。

計測手法の特性上,TMSはMRIや脳波よりも空間分解能は低く,誘発電位計測の場合,一次運動野の興奮性のみしか可視化できない。しかし,時間分解能は比較的高く,動作の位相に合わせてTMS刺激を行い,時系列で一次運動野興奮性変化を評価し,運動における一次運動野活動のダイナミクスを評価したり,二連発TMS刺激で皮質内抑制・促通回路の動態を評価したり,左右大脳半球間あるいはその他運動関連領域との有向結合の変化を評価することが可能であり[6],[7],運動機能の神経メカニズムを理解する上でTMSは有効なアプローチと言える。

脳の興奮性を操作する

図2 TMSとtDCSの違いについて
図2 TMSとtDCSの違いについて
TMSの方がtDCSよりも局所的な刺激が可能。tDCSは電極配置を変えることで刺激範囲を調整することができる。SimNIBS(https://simnibs.github.io/simnibs/build/html/index.html)を用いてシミュレーションした結果を提示。

TMSは反復刺激を行うことで刺激脳部位の興奮性は一時的に操作し,運動がどのように変化するかを心理物理実験等で評価するVirtual lesionアプローチがある。低頻度の反復TMSを行うことで刺激脳部位を一時的に抑制,高頻度の反復TMSによって促通を誘発することができる。fMRIや脳波実験で行動と脳活動の相関関係が明らかになった場合,次のステップとしてその関係に因果性があるか否かを検討するために脳の興奮性を操作し変調させるアプローチが有効である。2000年代から微弱な電流を脳に流す経頭蓋直流電気刺激(Transcranial Direct Current Stimulation, tDCS)が脳の興奮性を操作するアプローチのひとつとして広く用いられている[8]。連発TMSは局所的に脳を刺激できるのに対してtDCSはより広い脳領域の興奮性を変化させる(図2)。TMSは刺激部位の同定や閾値,刺激強度の設定に多少技術が必要となるが,tDCSは電極を頭皮上に置くのみで刺激強度の選択肢は少ないため比較的使いやすい手法である。

我々はtDCSを用いて,上腕筋群の運動協調性を操作するために動作肢と同側の一次運動野に対して陰極刺激を与えたところ上腕筋群の協調性に改善がみられた。興味深いことに,元々上腕筋群の協調性が低い者は刺激による改善効果は顕著であり,逆にも元々協調性が高い者は刺激による協調性改善は僅かであった[9]。つまり,tDCSの刺激効果には個人差が認められた。

個人差の観点からさらに議論をすすめると以下の疑問が生まれる。それは,非侵襲的脳刺激でどこまで運動技能を高めることができるかという点である。この疑問に対する答えとなる知見として,Furuyaら[10]は,ピアニストとピアノ非経験者にtDCS刺激を行い,ピアノ演奏技能がどこまで向上するかを検証した。ピアノ非経験者はtDCSを行うことで顕著に演奏技能が向上したのに対して鍛錬されたピアニストではtDCSの効果は認められず,技能向上がみられなかったことを報告している。つまり,tDCSは天井効果があり,高度な運動技能を持ち合わせた者には効果が得られにくいと言える。上記知見から,ベースラインとなる本来持ち合わせている運動技能のレベルによって非侵襲的脳刺激の効果は異なる可能性が示唆された。

このように脳状態を操作する非侵襲的脳刺激は個人差が非常に大きく,その他にも様々な因子が非侵襲的脳刺激の効果に関与すると考えられている。つまり,研究デザインを設計する上でこれらの因子を事前に理解し,考慮する必要がある。詳しくは我々の総説論文[11]を参照していただきたい。

近年,計測技術と解析の高度化に伴い非侵襲的脳刺激とfMRIや脳波等の脳イメージング計測を統合した同時計測手法が用いられている[12]。例えば,リズミックなTMS刺激により特定の脳波周波数帯へと引き込むような手法[13]が確立されつつある。一例として,我々は巧緻性運動に重要な運動速度制御に深く関与するベータ律動(15 – 30Hz)をリズミックTMS刺激によって人工的に誘発することで運動速度制御を変調させることが可能であることを明らかにした。このように非侵襲的脳刺激と脳イメージングを組み合わせた多計測モダリティアプローチによりこれまで可視化できなかった運動の巧緻性に関する神経情報を捉えることが期待され,新たな神経メカニズムの理解に繋がると考える。

文献

  • 1.Lemon, R. N., Johansson, R. S., & Westling, G. (1995) Corticospinal control during reach, grasp, and precision lift in man. J. Neurosci. 15, 6145–6156.
  • 2.Hirano, M. et al. (2014) Long–term practice induced plasticity in the primary motor cortex innervating the ankle flexor in football juggling experts. Motor Control, 18, 310–321.
  • 3.Furuya, S., Uehara, K., Sakamoto, T., & Hanakawa, T. (2018) Aberrant cortical excitability reflects the loss of hand dexterity in musician’s dystonia. J. Physiol. 596, 2397–2411.
  • 4.Gentner, R. et al. (2010) Encoding of motor skill in the corticomuscular system of musicians. Curr. Biol. 20, 1869–1874.
  • 5.Morishita, T., Ninomiya, M., Uehara, K., & Funase, K. (2011) Increased excitability and reduced intracortical inhibition in the ipsilateral primary motor cortex during a fine–motor manipulation task. Brain Res. 1371, 65–73.
  • 6.Uehara, K., Morishita, T., Kubota, S., Hirano, M., & Funase, K. (2014) Functional difference in short– and long–latency interhemispheric inhibitions from active to resting hemisphere during a unilateral muscle contraction. J. Neurophysiol. 111, 17–25.
  • 7.Uehara, K., Morishita, T., Kubota, S., & Funase, K. (2013) Neural mechanisms underlying the changes in ipsilateral primary motor cortex excitability during unilateral rhythmic muscle contraction. Behav. Brain Res. 240, 33–45.
  • 8.Nitsche, M. & Paulus, W. (2000) Excitability changes induced in the human motor cortex by weak transcranial direct current stimulation. J. Physiol. 527, 633–639.
  • 9.Uehara, K., Coxon, J. P., & Byblow, W. D. (2015) Transcranial direct current stimulation improves ipsilateral selective muscle activation in a frequency dependent manner. PLoS One. 10, e01222434.
  • 10.Furuya, S., Klaus, M., Nitsche, M. A., Paulus, W., & Altenmuller, E. (2014) Ceiling effects prevent further improvement of transcranial stimulation in skilled musicians. J. Neurosci. 34, 13834–13839.
  • 11.Li, L. M., Uehara, K., & Hanakawa, T. (2015) The contribution of interindividual factors to variability of response in transcranial direct current stimulation studies. Front. Cell. Neurosci. 9, 181.
  • 12.Polanía, R., Nitsche, M. A., & Ruff, C. C. (2018) Studying and modifying brain function with non–invasive brain stimulation. Nat. Neurosci. doi:10.1038/s41593–017–0054–4.
  • 13. Thut, G., Miniussi, C., & Gross, J. (2012) The functional importance of rhythmic activity in the brain. Curr. Biol. 22, R658–R663.

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