【小特集】
変化への抵抗
私達は,様々な場面において,たとえ問題を認識していたとしても変化を求めず,不便さや不適応さを含めて現状を受け入れがちです。行動変容に対する心理的抵抗感の背景にある共通の要因や,この問題に対する新たな視点をあぶり出すことができればと考え企画しました。(村山 綾)
生活習慣における変化への抵抗
島井 哲志(しまい さとし)
Profile─島井 哲志
関西学院大学大学院博士課程修了。博士(医学)。2016年より現職。専門は健康心理学,ポジティブ心理学,疫学・公衆衛生学。著書に『「やめられない」心理学』(単著,集英社新書)など。
松本 敦(まつもと あつし)
Profile─松本 敦
名古屋大学大学院博士(後期)課程修了。博士(心理学)。生理学研究所,情報通信研究機構などを経て現職。専門は生理心理学,認知神経科学。著書に『脳波解析入門』(共著,東京大学出版会)。
はじめに
皆さんには,自分の生活習慣で変えたいと思っているものがあるかもしれない。そして,それはなかなか変えにくい手ごわいものかもしれない。あるいは,自分ではなく誰かの生活習慣を変えたいと思っているかもしれない。
健康心理学の専門家にとっては,支援する必要性の判断は,その習慣が本来の寿命をどのくらい縮めるかという程度にある。あるいは,まだ正確な評価は難しいが,より精密には,心身の幸福な状態を損なう程度による。
行動連鎖の弱体化
そこで,この立場からみると,もしもあなたがたばこを吸っているとすれば,他の何よりも優先して変えるべき生活習慣は喫煙と判断できる。喫煙習慣ほど,死亡率を高め,幸福な人生を縮めてしまう習慣はないからだ。そこで,これを例として説明したい。
喫煙習慣は,たばこに含まれるニコチンという物質への依存症である。そして,実際の習慣的行動は,ニコチンの摂取を強化子とした,オペラント条件づけによる連鎖化した習慣的行動として成立している。
行動連鎖という観点から,禁煙法が取り上げられることはあまりないようなので,私自身が喫煙をやめる時に,どのようなことを考えたのかを紹介したい。詳しくは,電子書籍もある「やめられない心理学」を見ていただきたい。
オペラント学習の基本的枠組みは,先行刺激−行動−結果という三項随伴性であり,結果として提示される刺激が次の行動の先行刺激となり,最終的なニコチン摂取まで連鎖としてつながっている。最終の強化が依存物質の摂取であることも喫煙をやめられない大きな原因である。
しかし,服用など別の経路でニコチン不足を補う方法で禁煙を支援しても,簡単にやめられない人も多い。これは,作り込まれた連鎖によって,刺激性制御を受けて一連の行動がガチガチに維持されているからである。
喫煙者は一生の間にブランドをそれほど変えないことも,そのことを示している。先行刺激として強力なもののひとつは素晴らしくデザインされたパッケージであり,それが,ライトを浴びてディスプレイされているのを多く見かける。
つまり,たばこ会社は,この行動連鎖を維持するために知恵や才能,資金を投入している。これに対して,何の対策もせずに,個人の決意や意志力で立ち向かうという戦略はかなり無謀といえる。
これに対抗するために,諸外国では,たばこのパッケージに,その害を示す写真を大きく表示するように求めることが多く,手に取るのに勇気がいるような,かなり気持ちの悪いものも多いが,日本ではその必要性が受け入れられておらず実現していない。これは心理学が社会貢献していないという日本の現状を示している(図1)。
かつて私(島井)が選んだ戦略は,やめると決めたその日から,無理やり,それまで吸ってきたのとは違うブランドを買い,そして,毎日,ブランドを変えていくという方法であり,さらに,別の店で買うという方法である。手元のたばこを吸わないよりも,違うブランドを買うほうが容易だからだ。
こうして,習慣的行動の連鎖部分を弱体化すれば,何週間かのうちに,いつでもやめられる状態になる。そして,この戦略の優れた点は,自分が吸っていたブランドにもこだわりがなくなり,再喫煙のきっかけの刺激統制の力がきわめて弱くなることである。
変更を決める自己の価値
この方法で,私は無事に禁煙したが,そこでは私は習慣を変える介入の対象者でもあり,変えることを決定する人間でもあった。いわば,クライエント兼支援者である。支援者として,クライエントの行動の理解から,それを効果的に変化する介入を企画した。しかし,支援者たる自分が喫煙をやめる意思や態度はどのように作られ,そこでは何が大切なのかは,別の問題である。
当時の私は医学部で公衆衛生の専門家として,医学生のモデルという社会的役割をもっていた。また,子どもが生まれ父親としての役割もあり,これらと喫煙し続けることには大きな矛盾があり,選択することを迫られていた。これはかなり強い動機づけだといえる。
そして,私には支援者が自分であること,つまり,自分で習慣を変えると決めたことが重要であった。これは自己決定理論であり,自分から実現したいという動機づけを支えると同時に,自分自身の人生の意味や自己実現にもつながるものである。
私の場合には,それまでの喫煙仲間から裏切り者と称されるというネガティブな出来事もあったものの,多くの人の健康や幸福を実現するという研究上の主張と,自分の行動に一貫性があるという評価はいただいただろう。
しかし,習慣を変えるのを決定するのが自分ではない場合は状況が異なる。今回,取り上げている「変化への抵抗」の中には,自己決定しておらず,変化させたいという支援者に対する抵抗という場合もあるのかもしれない。
たとえば,健康教育の授業で,自分に身近な喫煙者一人を支援する活動を課題としたことがあった。しかし,いくらツールや支援を準備しても,そして,支援者がその人の人生をどれほど大切に感じていたとしても,残念ながら,本人の禁煙はつながらないという結果も少なくなかった。それは,禁煙を本人の人生の意味につなげることができなかったからである。
たとえば,毎日,長時間ゲームを続けたいと思っている青少年とそれをやめさせたい親がいるかもしれない。しかし,本人がeスポーツプレイヤーになりたいと願っているとすれば,ゲームをやめることは,本人の人生の意味につながっていない。
変化を効果的にもたらすための自己決定に至るには,自己実現や人生の意味を話し合うことから始める必要があるのである。
人生の意味と時間
自分のめざす行動が,人生で大切にしたいことに関係があれば,それを行うのが容易になる。これは,将来に向かう時間を見通す力であり,希望という心の働きである。そして,今後起きることに良い結果を期待する力である。社会貢献や他の人との関わりの価値を大切にすることも,将来を期待する力の強さと関連する。
逆に,先の見通しや期待が弱いと,目の前の利害だけに囚われ,行動の連鎖に左右される傾向が強くなる。近年問題にされることが多くなってきたインターネットやゲーム,ギャンブルなどへの行動依存もこのような人生の意味に左右されうる。
我々の調査(松本ら,未発表)によれば,人生の意味を感じている人はゲームに熱中することはあっても依存的にはなりにくい。彼らはゲームがもたらす行動の連鎖を自ら断ち切り,ゲームを自らの生活を豊かにするツールとしてうまく活用している(図2)。
保守的な人間は変化を好む人間よりも,恐怖などの感情を司る偏桃体の神経密度が高いという報告がある。これが正しいとすれば,変化に対する抵抗とはすなわち恐怖である。元々,生物にとって変化とは危険で忌避すべきものだ。変化のための決断にはこの恐怖を断ち切るための勇気が必要である。自己の将来を見通し,人生に意味を見出すことは私たちに「変わること」への勇気をもたらしてくれる光なのかもしれない。
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