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ここでも活きてる心理学

行政の現場で活かす心理学

横浜市役所 職員
有志団体横浜市行動デザインチーム(YBiT)コアメンバー

池谷 光司(いけや こうじ)

Profile─池谷 光司
2013年,東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了。同年,横浜市役所入庁。現所属は財政局償却資産課。著書に『ナッジ・行動インサイトガイドブック:エビデンスを踏まえた公共政策』(分担執筆,勁草書房)。

いかにも「横浜」という場所で働いています(イメージ)。
いかにも「横浜」という場所で働いています(イメージ)。

私は学部で知覚・認知心理学を学んだ後,大学院で社会心理学を専攻し,現在,横浜市役所の行政職員として働いています。また有志の職員による,ナッジなどの行動科学の活用の推進を目的とした「横浜市行動デザインチーム(YBiT)」のメンバーとしても活動しています。そもそも自治体へ就職した理由としては,心理学で学んだ「環境や状況が行動にどのように影響を与えるか」「人はどのような仕組みで情報処理をしているか」といった視点や知見が,ハード・ソフト両面で幅広く市民の生活環境を形作る存在である行政においては,さまざまな場面で活かせるのではないかと考えたからでした。とはいえ,そうした個人的な確信について,当初は周囲で特段共感を得ることもなく,また自分でも具体的なアイディアや行動力に乏しかったため,働きながら半ば諦めつつありました。しかし,EBPMやナッジが行政でも注目されはじめ,庁内でも有志がYBiTを設立したことを知って参加するようになり,改めて活用の可能性を模索しているところです。どちらかと言うと心理学を「これから活かしたい!」という立場ですが,個人的に考える活用の方向性について述べたいと思います。

行政が人々の行動に関わる際に有用だと思われるアプローチが,行動分析学における,行動随伴性という観点で状況を分析することです。ナッジの文脈では,従来の行政では法的規制や経済的利益に働きかけが限定されがちであるのに対し,労力などの要因も考慮すべきだと指摘されるように,行動に同時に随伴する複数の制御変数を,個別の状況ごとに幅広く分析することが重要だと思います。例えば給付や補助を得るための手続きにおいて,一定の経済的利益という好子(しかし多くは行動直後に得られない)の一方で,「面倒臭さ(疲れ)」という嫌子(行動系列中の各動作の直後に生じる)も考慮する必要があり,多忙さや,行政特有の専門用語や制度に対する馴染みの無さなどは,さらにその確立操作となるでしょう。こうした状況に対しては,認知資源や注意,知識の機能などの,人間の情報処理の仕組みも考慮して,分かりやすい案内や手続きの簡素化など,認知・行動しやすい環境設計をすることで,嫌子を減らし,その結果各個人にとって必要なサービスへ適切につなげることができます。また,生活上のストレスフルな状況を減らすこと自体が,市民の福利を増すことだとも言えるでしょう。

他のフィールドと同様,行政の現場は様々な状況や取り組みが存在する上,RCTによる検討が可能な状況も限られるため,「お誂え向き」のエビデンスを見つけたり,マニュアル的に解決することが難しい場合も多いと思われます。また,昨今の再現性問題を考えると,種々の知見を過信せず,個別の状況に対し,まずは常識や現場知,そして「常識」レベルの基礎的な知見に基づいて,随伴性の観点から想定される制御変数を幅広く考慮し,現場ごとにシングルケースデザイン的に取り組みの効果を検討することが,実務家にとっての実現可能性という意味でも有用なのではないかと考えています。

上記の考えは個人的なアイディアレベルであり,私自身は有志による取り組みではありますが,暮らしやすい環境づくりに心理学の知見が適切に活かされるよう,これからも微力ながら貢献していきたいと思います。

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