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【小特集】

複雑性PTSD

今年発効された国際疾病分類第11版(ICD-11)に新たな精神疾患として設けられた複雑性PTSDは,昨年メディアでも広く取り上げられました。何が“complex”(複雑性)なのか,どのような治療法があるのか,複雑性PTSDを専門とする先生方からの情報が広まることを期待した小特集です。(金井嘉宏)

複雑性PTSDの診断と特徴,および治療

国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 行動医学研究部 外来研究員(日本学術振興会特別研究員)

丹羽 まどか(にわ まどか)

Profile─丹羽 まどか
専門は臨床心理学。博士(医科学)。著書に『複雑性PTSDの臨床』(分担執筆,金剛出版),『児童期虐待を生き延びた人々の治療』(共訳,星和書店)など。

国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 所長/行動医学研究部長

金 吉晴(きん よしはる)

Profile─金 吉晴
専門はPTSDの病態と治療に関する研究,災害時精神医療に関する研究。医学博士。著書に『心的トラウマの理解とケア(第2版)』(編著,じほう)など。

複雑性PTSDの診断と特徴

複雑性心的外傷後ストレス障害(complex post–traumatic stress disorder:CPTSD)は,国際疾病分類第11回改訂版(ICD–11)にて,新たに採用された診断項目である[1]。児童期虐待などの持続的反復的なトラウマ体験によって,通常のPTSD症状以外の多様な症状が出現することは多くの臨床家や研究者に認識されており,独立した診断項目への採用も度々議論されてきたが,国際的な診断基準で採用されたことはなかった。CPTSDはそうした議論の延長上にあるが,必ずしも児童期虐待に特化した基準とはなっていない。

ICD–11では,ストレス関連症群(disorders specifically associated with stress)の中に,PTSDとCPTSDが並んで収載されている。両者はいずれも「著しい脅威または恐怖を与えるような出来事」に続いて起こり,体験した出来事によって診断を区別することはできない[1]。出来事基準にあげられているのは,生命の危険を感じる出来事や重傷を負うような出来事,あるいは性的暴力を体験したり,間近に目撃したり,身近な人に起こったことを知るような状況である。CPTSDについては「最も一般的には,逃げることが困難であるか不可能な持続的あるいは反復的な出来事に続く」と記されており,例として拷問,奴隷,大量虐殺,持続的なドメスティック・バイオレンス,反復的な児童期の性的/身体的虐待があげられているが,それは出来事基準の定義ではない。ICD–11のPTSDとCPTSDに関する実証的研究をまとめたレビュー[2]では,CPTSDの方がより頻繁に複数の持続的なトラウマを経験しており,また上述のような持続的トラウマからはCPTSDの発症リスクが高いことが指摘されているが,単回性のトラウマからCPTSDが生じることも,持続的トラウマから通常のPTSDが生じることもある。

PTSDとCPTSDを区別するのはその臨床症状である。PTSDは①再体験症状,②回避症状,③脅威の感覚の高まりという中核的な3症状カテゴリーの症状をそれぞれ有し,それが機能障害を伴って続く場合に診断される。一方で,CPTSDはPTSDの3症状カテゴリーに加えて,自己組織化の障害(disturbance of self–organization:DSO)とよばれる3症状カテゴリーの症状,すなわち①感情調整の困難(affect dysregulation),②否定的な自己概念(negative self–concept),③対人関係の困難(disturbances in relationship)を全て有し,それらが機能障害を伴って続く場合に診断される。なお,CPTSD患者は必ずPTSDの診断基準を満たすが,CPTSD患者に対してPTSDの併存疾患の診断は付けないとされている。

ICD–11のPTSDおよびCPTSD症状については表1にまとめたが,DSO症状について具体的に紹介しておく。感情調整の困難とは,比較的軽微なストレスに対しても圧倒されるように感じる,動揺した時に気持ちを落ち着かせるのが難しい,感情が麻痺したり解離したりするなどの感情的反応が過剰または乏しい状態である。否定的な自己概念とは,自分が落ちこぼれであるとか他の人より劣っているといった持続的な感覚を指す。対人関係の困難は,関係を維持することや他者と感情的に親しくし続けることの困難さを指す。DSO症状は,いずれも広範囲に及ぶ持続的な症状が想定されている。

表1 PTSD/CPTSDの各症状(ICD-11の記載を筆者が整理)
表1 PTSD/CPTSDの各症状(ICD-11の記載を筆者が整理)

複雑性PTSDに対する治療

オーストラリアの治療ガイドライン[3]では,プライマリケアや一般精神保健サービスにおける対応の原則として,CPTSDを抱える人々に対しては,トラウマインフォームドケアに基づく対応,すなわちトラウマの影響を理解し,身体的/心理的な安全を重視し,コントロール感を取り戻すような働きかけが推奨されている。専門的な治療に関しては,国際トラウマティックストレス学会や英国の国立医療技術評価機構による最新の治療ガイドラインで,参照可能なエビデンスに基づいて記載されている[4][5]。その中には,トラウマ焦点化治療はCPTSDにも期待できること,個別の症状に合わせた多様な治療的介入やより長期的な治療が求められること,あるいはトラウマ焦点化治療への関与を促すために必要に応じて修正を加えることなどが含まれている。

これらの治療ガイドラインの内容の多くをカバーし,複数の無作為化比較試験で有効性が検証された治療として,STAIR Narrative Therapyがある[6]。もともとは児童期虐待のサバイバーを対象に米国で開発された心理療法であるが,PTSD症状だけでなく,DSO症状の改善も報告されている[7]。全16回,毎週60分で,治療構造や介入技法の多くは認知行動療法に依拠し,CPTSDの各症状やニーズに沿う形で段階的に治療が構成されている。前半のSTAIR段階では,DSO症状である現在の感情調整や対人関係の困難さを扱う。後半のNarrative Therapy段階では,PTSD症状解消やトラウマ記憶の感情的処理に焦点をあて,過去のトラウマを繰り返し語る作業を行う。治療では,現在のスキルやリソースを構築しつつ,過去のトラウマの記憶に触れて十分に見直すことに取り組む。STAIR段階単独での効果も報告されており,ニーズがありながらも十分に治療を受けられていない人も多い現状を鑑みると,一部だけでも個別のニーズに合わせて活用されることが期待される。

なお薬物療法については米国の診断基準であるDSMに基づいて研究がなされているが,現行のDSMではCPTSDに相当する病態はPTSDに含まれており,両者の区別はない。したがって薬物療法においても区別はなく,日本では選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor:SSRI)であるsertraline, paroxetineが保険適用となっている。CPTSDに特異的な薬物療法についてはまだ知見が十分ではない。

文献

  • 1.World Health Organization. (2018) International statistical classification of diseases and related health problems (11th rev.).
  • 2.Brewin, C. R., Cloitre, M., Hyland, P., Shevlin, M., Maercker, A., Bryant, R. A., Humayun, A., Jones, L. M., Kagee, A., Rousseau, C., Somasundaram, D., Suzuki, Y., Wessely, S., van Ommeren, M., & Reed, G. M. (2017) A review of current evidence regarding the ICD–11 proposals for diagnosing PTSD and complex PTSD. Clinical Psychology Review, 58, 1–15.
  • 3.Phoenix Australia. (2020) Australian guidelines for the prevention and treatment of acute stress disorder, posttraumatic stress disorder and complex PTSD.
  • 4.International Society for Traumatic Stress Studies Guidelines Committee. (2019) ISTSS guidelines position paper on complex PTSD in adults. Oakbrook Terrace, IL: International Society for Traumatic Stress Studies.
  • 5.National Institute for Health and Clinical Excellence. (2018) Guideline for post–traumatic stress disorder. London: Author.
  • 6.Cloitre, M., Cohen, L. R., & Koenen, K. C. (2006) Treating survivors of childhood abuse: Psychotherapy for the interrupted life. New York: Guilford Press.[クロアトル,コーエン,ケーネン/金吉晴(編),河瀬さやか他(訳)(2020)『児童期虐待を生き延びた人々の治療:中断された人生のための精神療法』星和書店]
  • 7.Cloitre, M., Stovall–McClough, K. C., Nooner, K. et al. (2010) Treatment for PTSD related to childhood abuse: A randomized controlled trial. American Journal of Psychiatry, 167, 915–924.
  • *COI:本稿に関連して開示すべき利益相反はない。

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