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野球ファンなら身銭を切るか?――内集団協力の実証研究

中川 裕美
東北福祉大学総合福祉学部 助教

中川 裕美(なかがわ ゆみ)

Profile─中川 裕美
広島修道大学大学院人文科学研究科修了。博士(心理学)。専門は社会心理学。著書に『プロ野球「熱狂」のメカニズム:ファン行動とマネジメントの計算社会科学』(分担執筆,東京大学出版会)。

同じ野球チームを応援しているならば,見知らぬ相手と一瞬で仲良くなることもある。それほど野球ファンの仲間意識は強く,自分を含む応援チームのファンを内集団,それ以外の他チームのファンは外集団と区別する[1]。古くから内集団に対して協力的に振る舞う行動はよく見られ,社会的アイデンティティ[1]と互恵性の期待[2]からその心理メカニズムが説明されている。社会的アイデンティティでは自己と集団の同一化により集団間に差をつけて自己肯定の欲求を満たす,互恵性の期待では協力が巡り巡って他の内集団メンバーからお返しされるかもしれないという期待によって協力が生じると説明される。

野球ファンにおける内集団協力

熱狂的な野球ファンならただ仲良くするだけではなく,身銭を切って(コストをかけて)でも内集団メンバーに協力するかもしれない。そこで,社会的アイデンティティと互恵性の期待という観点から,内集団に対する協力行動を検討した[3]。広島(研究1:38名)と兵庫(研究2:94名)の野球ファンを対象に1回限りの囚人のジレンマゲーム(PDG)実験を行った。PDGでは1回ごとに200円の元手が与えられ,元手からペアの相手にいくら提供するかを決定する。提供したお金は2倍になって相手に渡り,同じルールで相手も同時に決定する。参加者は,ゲーム内での獲得金額が実際の謝礼になると伝えられた後,相手を変えてPDGを3回(相互/一方/不明)行った。

互恵性を期待できるか否か

社会的アイデンティティと互恵性の期待の心理メカニズムの働きを分別するために,PDGに集団所属性の知識操作[2]を導入した。参加者と相手が互いの集団所属性を認識できるか否かで,互恵性の期待の有無が操作される(図1)。

図1 ゲームのルールと知識操作
図1 ゲームのルールと知識操作

「相互」では,互いに相手が同じチームを応援する野球ファンであると分かり,互恵性を期待できる。「一方」では,相手が同じチームを応援する野球ファンであることが分かり,同一化は生じるが,互恵性を期待できない。「不明」では,互いに集団所属性が分からないため,デフォルトの協力傾向が測定される。

実験の結果,参加者は,「相互」「一方」「不明」の順で相手により多くのお金を提供していた。野球ファン同士の互恵性を期待できる「相互」では,元手の約60%(119円)の金額を相手に提供していた(研究1と2)。互恵性を期待できない「一方」でも「不明」に比べ,20円前後多い金額を提供していた(研究1:105円/80円, 研究2:96円/76円)。しかし,同一化と協力との間に有意な相関関係は見られなかった。よって,野球ファンは他のメンバーからの互恵性を期待して,身銭を切る内集団協力をしていたといえる。

おわりに

見返りを求めずに協力しそうな野球ファンでも協力のコストにはシビアに反応するようだ。もちろんこの結果は,野球ファンに限られるものではなく,類似した性質の社会集団でも再現される可能性がある。ちなみに,筆者は学部時代にPDG実験に参加し,不明では1円もお金を提供しなかった。不明で提供する参加者の存在が,今でも不思議でしょうがない。

文献

  • 1.Tajfel, H., & Turner, J. C. (1979) An integrative theory of intergroup conflict. In W. G. Austin & S. Worchel (Eds.), The social psychology of intergroup relations (pp.33-47). Monterey, CA: Brooks/Cole.
  • 2.Yamagishi, T., & Kiyonari, T. (2000) The group as the container of generalized reciprocity. Social Psychology Quarterly, 63, 116–132.
  • 3.Nakagawa, Y., Yokota, K., & Nakanishi, D. (2021) Ingroup cooperation among Japanese baseball fans using the one-shot prisoner's dilemma game. International Journal of Sport and Exercise Psychology. Advance online publication. https://doi.org/10.1080/1612197X.2021.1987963

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