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【特集】

自己肯定感が育つ場所

亀井 宗
医療法人清聖会とわたり内科・心療内科 カウンセリングオフィスHACO 臨床心理士

亀井 宗(かめい そう)

Profile─亀井 宗
実験心理学の大学院(修士)を修了後,研究機関にて研究職に従事。その後,臨床心理学の大学院(修士)修了,臨床心理士となる。現在は,うつや不安で休職中の方のリワークプログラムの運営・実践,精神疾患の方への認知・行動療法を主体とした個人心理療法,企業で働く人へのメンタルヘルスセミナーを行う。また,個人心理相談室では個人カウンセリングや箱庭療法を行っている。

変化に適応する力

昨今のコロナ禍と呼ばれる世界の混乱に代表されるような,変化やストレスの大きな社会を生き抜くために,変化や未知の状況に適応する力を高めることを考えていく必要がある。そのために,しなやかで柔軟な心「レジリエンス」やよりよく生きる「ウェルビーイング」などの,凹んでも元に戻る力・逆境でも前を向くためのメンタリティ(心の在り方)や,身体・精神・社会的な多角的側面での幸福感や満足度についての関心が高まってきている。

よりよく生きる方法はインターネット検索で知ることができるが,多くの人が生きづらさを感じているのはなぜだろうか。それは,情報は知るだけでは機能せず,体験的な学びを通してはじめて実践で使える力に変わるからかもしれない。よりよく生きることにつながる体験的な学びからの実践については,心の病や問題により傷ついた人が回復していく過程でも観察される。心の病になることは弱みではないが,当事者は弱みとして認識してしまっていることがある。しかし,病気になった自分を受け入れ,以前の自分に戻るのではなく,新しい自分として前に進む勇気をもつことになるプロセスは,「弱みを強みに変える」という本号特集のテーマにつながることだろう。これまでに心理士として,カウンセリングやリワークプログラムを通して,1000人を超えるクライエントと関わってきた経験をもとに,臨床現場の視点から言語化する。これから臨床心理士や公認心理師を目指す方の参考になれば幸いである。

自分と向き合う勇気

弱みに向き合うということは自分の認めたくない側面をみつめることになる。本来は,主体的な行動の結果や経験から失敗や挫折を体験し,能動的に弱みに向き合うことで自己成長が促されることが望まれる。しかし,心の病や問題に直面した人は,そのような余裕もなく自分の弱みと向き合うことを余儀なくされる。そして,弱みに直面させられたことにより,命がけで変化を求め,自己成長せざるを得なくなるのである。負の経験が自分と向き合うことを促し,弱みを強みに変えていくのである。自分と向き合うことを回避せず,弱みと向き合うには“弱みをさらけ出す勇気”が必要となる。一人では困難なことでも,仲間と一緒なら向き合えることもある。勇気を出して向き合う姿勢は,共感を呼び起こし,他者とつながるきっかけとなる。そのために,弱みをさらけ出し,自分と向き合う勇気をもてる場所が必要となる。

自己肯定感が育つ場所

自己肯定感とは,自分がいて他者がいて,その中で自己の存在を肯定できる感覚である。自分をさらけ出すためには,安心感のある人間関係が必要になる。それは自己肯定感が育つ心理的安全性のある人間関係ということができる。心理的安全性とは,集団の中で自分の意見を安心していうことができる,本音を話せる関係性がある状態である。自分の言動が無視されず,肯定されることが共有されている安心感のある場では,失敗を恐れずに自己表現することができる。そして,自己表現することで関係性がつくられ,他者を通して自分と向き合うことができる。自己評価だけでなく他者評価を受け入れることは,より深く自己理解することにつながる。つまりは,心理的安全性のある場所で,他者とつながることで,自己肯定感が育つのである。しかし,悩みや傷つきの多くは人間関係にあり,それが病気や休職・不登校などの問題につながっていることが,他者評価を受け入れ難くしている。人間関係を否定したい状況にあるのにもかかわらず,人によって傷つけられた心が人によって癒やされていく。この矛盾は臨床現場で起こる癒やしの作業のもどかしさでもある。その矛盾を感じながらも,人間性の回復,つながりの再生のために,自己肯定感が育つ場所をつくることが援助者の役割であり,心理療法の場もそのひとつといえる。

育ちを邪魔しない

虐待やネグレクト,DV,ハラスメントなどの関わりは問題として認識しやすいが,善意の範疇にみえる過保護や過干渉なども関わり方によっては育ちを邪魔することになる。育ちの邪魔をする関わりには,援助者が求める姿に対象者を無理にでも適合させ,思い通りにしようとする無意識の心が作用している。成功体験を増やすための工夫は必要だが,失敗しないように教えすぎたり,失敗の要因を除外しすぎたりすると,失敗を含む自由な体験の機会を損失させてしまうことになる。それは,試行錯誤して考えることや自己表現する自由さが脅かされ,柔軟な心が育つことを阻害してしまう可能性がある。子育てや教育,人材育成などの育成に関わるときには注意が必要である。育ちを邪魔しないで見守ることは大変なことだが,将来の姿を想像し,成長することを信じて耐え忍ぶことが援助者を成長させていく。そこには,育てるという押しつけではなく,互いに成長している感覚を共有できる自己肯定感が育つ場所が生まれているのであろう。このような育成を担う援助者の支援や心のケアを行うことは,社会全体の問題として考えていかなければならないことである。

主体性と楽しむ力を意識づける

自己肯定感が育つ場所に「主体性」と「楽しむ力」という方向性を意識づけることで,適応力のある心が育つ環境を促進させていく。主体性とは,自分で考え,判断し,行動することである。何のために,誰のために行動するのかを考えることで,目的論的思考や問題解決思考などの考える力につながる。

また,主体性より協調性を求められ,他者に合わせすぎてしまうことで自分を見失ってしまうことがある。そのために,主体を明確にすることが自分を大切にすることにつながるのである。いつの間にか,誰かが敷いたレールの上を歩かされ,他者との比較が評価基準となることで,自分のアイデンティティや存在意義が不安定になり,自信をなくしてはいないだろうか。つまりは,自ら“する”人生ではなく,他者や環境から“させられる”人生になっているのではないだろうか。人生の岐路で立ち止まり,「なりたい自分」を再考する時間が必要である。

楽しむ力とは,楽しさ(喜び,満足感など)をあるがままに感じることである。楽しいことには,自然と熱意をもつことができ,それに没頭することで活力が湧いてくる。また,楽しさを他者と共有することでつながりが強化されていく。好きなことを好きといえる同じ価値観や方向性をもったコミュニティの質が高まっていく。そして,楽しさがない状況でも,楽しさをつくりだす想像力は変化に適応する力となるだろう。

主体性と楽しむ力を意識づけることが自己表現・自己成長を促す潤滑油となり,なりたい自分になるための一歩となる。

自由な自己表現

自己表現する場所としての箱庭療法を考えていく。箱庭療法とは,砂の入った箱の中にミニチュア玩具を置き,自由に何かを表現する心理療法である。枠のある箱があり,援助者が見守る中で行われる箱庭療法もまた心理的安全性がある場所といえるだろう。その安心感のある関係性の中で自己表現することにより,自分の心の奥底にある何かに気づくことにつながることがある。しかし,援助者が作品を解釈しすぎることで本人の自由な自己表現を邪魔してしまうことがあるため,箱庭に表現されたものを一緒に味わうことを意識することが大切である。

図1 2歳10か月女児の箱庭作品
図1 2歳10か月女児の箱庭作品

図1のように,思いを言語化することが難しい年齢であっても,箱庭をつくることで多様なイメージが表現される。自由な自己表現が賦活され,それを箱庭で具現化することにより,心の中の伝えたい何かが現れることがある。その何かをきっかけに関係性が深まり,自己理解や主体的な行動につながっていくことがある。

図2 40代女性の箱庭作品
図2 40代女性の箱庭作品

また,図2のように,言語化ができる年齢や状態であっても,自分の心の奥底にあるものに触れることは難しいものである。箱庭を通して,いまの自分の心の在り方や抱えていることの重さ,考え方の方向性や偏りなどに気づくことで,自己理解が深まり,心が軽くなることもある。

そして,自己表現することにより心の底にある感情に触れるような体験を通して,自分が一人ではないという安心感が生まれることがある。これは,人とのつながりに言葉にできない不安を感じていることを逆説的に意味しているのかもしれない。安心感が生まれることで,視野が広がり部屋から外に出るようになることや,他者に合わせるばかりではなく自分の気持ちを表現できるようになることなどの主体的な行動につながっていく。これは箱庭療法の場が,自己肯定感が育つこと,自ら動き出す心が育つことを見守っているといえるのではないだろうか。

心理療法という枠組みもまた人間関係の場である。援助者との相互の関係性の中で安心感が生まれるとき,何かが起きることがある。その何かを一緒に共有することがつながりとなり,自己肯定感が育つきっかけになっていく。

価値観でつながるコミュニティ

うつ病による休職から職場復帰を目的としたリハビリテーション「リワークプログラム」という集団心理療法がある。筆者の勤める施設では心理療法に特化したプログラム(図3)を通して,再発予防だけでなく仲間とのつながりを重視し,よりよい人生につなげることを目的としている[1]

図3 リワークプログラム内容の一例
図3 リワークプログラム内容の一例

職場復帰は負傷したスポーツ選手が試合復帰する過程と類似する。身体の負傷と同様に心や脳の不調にもリハビリ・トレーニングが必要である。病気の理解やケアだけでなく,柔軟な考え方,コミュニケーション力,ストレス対処力などのさまざまな心を整える方法を補強・強化することで再発予防だけでなく,自己成長につながる。そして,心理的安全性のある場所で,他者との関わりを通して,人とのつながりが再構築されていく。そして,孤立感を抱いていた人が職場復帰という共通の目標を達成するために,互いの考え方や価値観について深く議論し,弱みと向き合っていくことを通して相互理解が深まることで,ただの寄せ集まりではなく,かけがえのない仲間となっていくことはめずらしくない。仲間と一緒であれば,失敗しても立ち上がる勇気が湧き,再び社会へ踏み出すために自分と向き合う力につながっていく。リワークプログラムを通して「病気になってよかったということはない。しかし,ならなかったら気づけなかったことがたくさんあった」という価値観を仲間と共有できたとき,病気になったという弱みは,仲間とのつながりという強みを得ることに貢献したといえる。

セーフティネットとしての家族関係や,利害でつながっている職場関係だけでなく,同じ価値観や興味関心をもったコミュニティに属することが人生の強みとなる。リワークプログラムという目的を共有した仲間もそのつながりのひとつである。一緒に病気と闘った仲間が,自分の弱みを肯定し強みを引き出してくれるコーチやメンターのような存在となることで,これからの人生で困難なことが起きたとしても前を向く力となるだろう。そのような仲間に出会えていないときには,援助者がその役割を引き受けていることを忘れてはならない。

よい人間関係が強みとなる

人間は社会的な動物といわれるように,つながり・関係性の中に生きている。関係性の分断は安心感を欠如させ,孤独感を強めていく。近年,人間関係の場はリアルだけでなく,バーチャルリアリティやメタバースの発展により,オンライン上にまで拡張され,つながりの多様性が広がっている。しかし,どこまで拡張されたとしても,人と人がつながることは普遍なことであるからこそ,さらなる近代化の波が押し寄せてくる中でも,“つながりの質”の重要さが見直されていくことになるだろう。ロバート・ウォールディンガー教授が長年にわたるハーバード成人発達研究から,「私たちを健康に幸福にするのは,よい人間関係に尽きる」と言及されているように[2],つながりの質の高い関係性を育むための土壌をつくり続けていくことが大切である。

よりよく生きるための時間は,自分の人生を主体的に歩み,楽しみに没頭し,他者とつながることの追及で忙しい。他者を傷つけている暇などないはずだ。人間の強みは人と人がつながることができることであり,弱みはそれを回避してしまう不安な心である。不安を消し去ろうとするのではなく,受け入れていくことで新しいつながりが生まれるのではないだろうか。他者を排除する思考から離れ,主体的に楽しみながらよりよい生き方を追求していくことで,多様な価値観を許容できるようなメンタリティが社会全体に広がることを願っている。

心が疲れたときには,一休みする止まり木としてカウンセリングやリワークプログラムのような心理療法の場所が存在することは重要である。しかし,より身近な日常の中にも,自己肯定感が育つ場所を増やし,よりよく生きることができる社会をつくっていくことが,心理学が社会の弱みを強みに変えていくことに寄与できることではないだろうか。

文献

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