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【小特集】

障害に関する心理学的研究の必要性

佐藤 剛介
久留米大学文学部心理学研究科 准教授

佐藤 剛介(さとう こうすけ)

Profile─佐藤 剛介
博士(文学)。名古屋大学学生相談総合センター特任講師,同大障害者支援室副室長,高知大学学生総合支援センター特任准教授,同センターインクルージョン支援推進室長などを経て現職。専門は社会心理学,臨床心理学,比較文化心理学,障害科学。

2014年,日本も国連の障害者権利条約を批准しました。このことは日本も障害に関するグローバルスタンダード(障害の社会モデル)を理解し,高い水準での障害者のインクルージョン(包摂)を目指すという宣言に他なりません。批准以降も障害関連法や条令の整備が進められており,東京都では,初めて民間企業における合理的配慮提供を義務化する障害者差別解消条例が施行されました。障害者雇用促進法も改正され,民間企業における法定雇用率は現在の2.3%から2026年度までに段階的に2.7%に引き上げられます。また,2024年には改正障害者差別解消法が施行予定で,これまで民間企業では努力義務とされていた合理的配慮提供が法的義務になります。以下では,こうした障害者にまつわる法律や社会状況の変化が,いかに私たちの社会生活において重要なインパクトを持つか,また心理学をはじめとする社会科学がなぜ障害についての研究をさらに加速させる必要があるのか,みていきましょう。

労働市場・経済活動における障害者のインクルージョン

43.5人以上の従業員を雇用している民間企業は,1人以上の障害者を雇用しなければなりません。雇用者数の多い企業では法定雇用率の達成が難しくなります。私が大学で障害のある学生の修学支援をしていたころ,大企業の人事担当者が障害学生を雇用したいとよく訪ねてきました。しかし,諸手を挙げて喜べる話だったかというとそうではありません。なぜなら,大企業の人事担当者の希望は,もちろん新卒で「元気がよく」,「コミュニケーション上手」で,「排泄介助の必要のない」「身体障害のある学生」だったのです。日本の一般的な企業が望むジェネラリストで,かつ完全に自立できる障害者を希望していたように思います。そういった学生は決して多くありませんので,私は毎回,発達障害や精神障害のある学生の雇用に興味がないかを尋ねていました。5~6年前の話です。もちろん,当時率先して発達障害者を雇用していた企業などもありましたが,私がお会いした人事担当者のほとんどは,発達障害者の雇用はこれからだと話していました。若年労働人口の減少と,障害者の多様性の実態を鑑みれば,こうした企業の望みが障害学生の現実と乖離していたこと,また障害者と一緒に働くのは今後当然のことになっていくことは容易に想像していただけるでしょう。

社会生活全般における障害者のインクルージョン

2024年度に改正障害者差別解消法が施行されます。民間事業者においても障害者に対する合理的配慮提供が法的義務になります。今後は私立大学,居酒屋やカフェ,娯楽施設でも,合理的配慮提供が法的義務になります。一緒に働く同僚,学生や生徒,施設やサービスを利用する者などで障害のある人すべてに対してです。皆さんが合理的配慮の提供者であり,そして被提供者になるのです。組織や施設,自治体によっては,障害についての知識や合理的配慮提供および事前的環境措置の方法論を持ち,すでに社会的障壁の除去をハード(物理的環境など)とソフト(制度,情報アクセスなど)の両面で進めているところもあるでしょう。しかし,すでに合理的配慮提供が法的義務化されていた自治体の窓口ですら,障害者に対する不当な差別的取り扱いに該当するいくつもの案件が新聞に取り上げられている事実を考えると,障害者を取り巻く環境には,引き続き,さまざまな課題や軋轢が生じることが考えられます。障害や合理的配慮についての理解に個人差や地域差があること[1, 2]を考えると心配になります。

日本の障害者対策の国連による評価

2022年9月に国連の障害者権利委員会から,日本政府へ条約批准後初めての総括所見が出されました[3]。肯定的に評価された面もいくつかありますが,90項目を超える重要な懸念(concern)および勧告(recommendation)が日本政府に示されています。所見公開後すぐに,DPI(Disabled Peoples’ International)日本会議が概要をウェブサイトに掲載しました[4]。私が特に重要と思う部分を抜粋,要約して紹介します(表1)。グローバルスタンダードと日本の現状との乖離を示す興味深い内容です。⑤と⑥は,障害差権利委員会が特に重要な懸念事項とした点です。

表1 国連障害者権利委員会から日本政府への勧告の抜粋(筆者要約)文献3
表1 国連障害者権利委員会から日本政府への勧告の抜粋(筆者要約)[3]

障害理解と共に,「いま,ここ,私たち」から「未来,あちら,彼ら」を包摂する社会へ

ギリシア神話に女性の顔と乳房,翼のついた獅子のような体に尻尾が蛇のスピンクスという怪物が登場します。この怪物は通りすがりの旅人に,「朝は4本,昼は2本,夕べには3本で歩く生き物は?」という謎かけをして,答えられない者を食べてしまいます。赤ん坊はハイハイ,成人は2本足,老人は杖を使って歩くので,答えは人間なのだそうです。この話は,誰もが経験する老化という機能的限界(functional limitation)を所与とした人間観,障害の医学モデルに立脚していると言えます。障害の社会モデルでは,障害は,こうした個人の心身の機能的限界と社会的障壁(social barrier)との交互作用により「dis-able」な状態にあること(with disabilities)と定義されます。社会モデルを採用すれば,私たち人間は死ぬまでに,ほぼ確実に障害を経験します。人間誰もが障害を経験することを考えれば,障害に関する理解は人間を理解するひとつの方法と言えるのではないでしょうか。WHOの推計では,何かしらの障害がある人々は世界に約15%いるそうです。最近私が行っているいくつかのウェブ調査(Ns > 1,000)でも,常に10%程度の人々は何かしらの障害があると回答します[5]

障害を知っているかと尋ねられれば全員が知っていると答えるでしょうが,正確に説明できる人は少ないでしょう。障害という経験[6]は身近なようで,多くの人にとっては,「あちら」のことなのかもしれません。障害が誰にでも生じるのであれば,障害を「あちら」の話と捉えるのではなく,「未来,あちら,彼ら」を含む社会[7]─そしてその中には自分も含まれうる─を設計していく必要があるのではないでしょうか。

  • 1.後藤悠里・佐藤剛介(2018)障害学研究, 14, 248-271.
  • 2.佐藤剛介(未公刊データ)
  • 3.United Nations (2022) Committee on the rights of persons with disabilities twenty-seventh session. Concluding observations on the initial report of Japan.
  • 4.DPI日本会議(2022) https://www.dpi-japan.org/blog/workinggroup/crpd/recommendations-for-japan/
  • 5.Sato, K., & Schug, J. (2022, Feb) Self-esteem, social support, loneliness, well-being, and relational mobility among people with and without disability: Cross-gender and cross-national analyses between the U.S. and Japan. The 2022 Annual Meeting of the SPSP in San Francisco.
  • 6.Dunn, D. S. (Ed.) (2019) Understanding the experience of disability. Oxford University Press.
  • 7.亀田達也(2017)モラルの起源.岩波書店
  • *COI:本稿に関連して申告すべき利益相反はありません。

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