公益社団法人 日本心理学会

詳細検索

心理学ワールド 絞込み


号 ~

執筆・投稿の手びき 絞込み

MENU

刊行物

  1. HOME
  2. 刊行物のご案内
  3. 心理学ワールド
  4. 102号 自然災害に備える
  5. 犯罪予防の心理学─ボランティア活動の効用

誌上公開講座

犯罪予防の心理学─ボランティア活動の効用

平 伸二
福山大学 副学長・人間科学研究科長・教授

平 伸二(ひら しんじ)

Profile─平 伸二
広島修道大学大学院人文科学研究科心理学専攻博士後期課程単位取得後退学。博士(心理学)。専門は犯罪心理学,生理心理学。著書に『テキスト司法・犯罪心理学』(分担執筆,北大路書房),『ウソ発見:犯人と記憶のかけらを探して』『心理的時間:その広くて深いなぞ』(ともに編著,北大路書房)など。

日本の犯罪情勢

皆さんは日本の犯罪情勢についてどのように認識しているでしょうか。『令和4年版犯罪白書』[1]によると,刑法犯認知件数は,1996年から毎年戦後最多を更新して,2002年には285万3,739件にまで達しました。ところが,2003年から減少に転じて以降,19年連続の減少となり,2021年には戦後最少の56万8,104件となりました。つまり,刑法犯認知件数の推移から見ると,現在の日本は最も安全であると言えます。

犯罪減少の要因

それでは,このように犯罪が減少したのには,どのような理由があったのでしょうか。犯罪減少の理由にはさまざまなものがありますが,最も重要だったのは,地域の防犯ボランティアによる活動だと私は考えています。地域の防犯ボランティア活動が盛んになったのには,悲しい歴史があります。それは2004年に奈良県,2005年に広島県と栃木県において,いずれも小学校1年生の女子児童が,下校中に連れ去られて殺害されたという事件です。幼い子どもの命を何としても守りたいという気持ちが,地域の大人たちを動かしました。表1は,2021年3月警察庁発表の「防犯ボランティア団体数と構成員数の推移」です[2]。団体数と構成員数は,奈良県の事件が起きた前年の2003年は3,056団体17万7,831人でした。それが5年後の2008年には4万団体250万人を超え,2020年時点でも4万団体247万人以上を維持して約15倍に増えました。

表1 防犯ボランティア団体数と構成員数の推移 文献2
表1 防犯ボランティア団体数と構成員数の推移[2]

犯罪予防の考え方

このボランティア活動では,犯罪予防に役立つ犯罪心理学の理論が使われました。それは防犯環境設計という考え方です。防犯環境設計には「被害対象の強化・回避」「接近の制御」「監視性の確保」「領域性の強化」の4つの原則があります。「被害対象の強化・回避」は,1ドア2ロックや防犯フィルムで建物の部材を強化する方法です。「接近の制御」は,犯罪を企てる者が被害対象に近づけないように,小学校の敷地をフェンスで囲んだりする方法です。「監視性の確保」は,地域住民の目や防犯カメラで見守ることです。「領域性の強化」は,清掃活動やイベントを開催して,住民が自分の地域に愛着を持ち,住民同士が強い絆で結ばれている状態です。

お互いが見守り合い,愛着と絆のある場所は,見知らぬ犯罪企図者を寄せ付けません。このような場所で犯行をすることは逮捕されるリスクも高いことから,犯罪企図者は犯行を諦めるか,他の場所へ移動していきます。防犯環境設計による防犯活動は,安全・安心まちづくりとともに,そこで生活する住民相互の人間関係づくりにも貢献します。

大学生による防犯ボランティア活動の実際

防犯環境設計の考え方を取り入れて,子どもたちが主体的に危険回避能力を身に付けることができる地域安全マップという活動があります[3]。その特徴は,子ども自身で地域の「危険な場所」と「安全な場所」を確認して,なぜその場所が危険か安全かの意味を理解することです。

防犯環境設計に当てはめて考えると,犯罪が起こりやすい「危険な場所」とは監視性が低い場所であり,犯罪企図者は隠れることができ,犯行に及んでも発見されにくいと言えます。また,領域性が低い場所は,地域の人の防犯への関心が薄いため,犯罪企図者は怪しまれずにターゲットに接近でき,犯行後も逃走しやすい場所と言うことができます。地域安全マップの指導では,小学生の児童に分かりやすいように,危険のキーワードは「見えにくくて,入りやすい」,安全のキーワードは「見えやすくて,入りにくい」と覚えてもらいます。

地域安全マップは,大学生が指導者となって指導することも大きな特徴です[4]。まず,大学生が危険な場所と安全な場所に関する見分け方を教えます。この事前学習の後,班長,地図係,メモ係,写真係などの役割を決めてフィールドワークに出かけます。公園や道路を歩きながら「見えにくい」場所はないか探したり,地域の人と出会ったら挨拶をして危険な場所はないか尋ねたりして情報収集をします。フィールドワークから戻ってきたら,班ごとに分かれて白い模造紙にマップを描いていきます。折り紙や撮影してきた写真も貼り付けて分かりやすく作っていきます。図1は地域安全マップの事前学習とフィールドワークの写真です。

図1 地域安全マップの事前学習(左)とフィールドワーク(右)の様子
図1 地域安全マップの事前学習(左)とフィールドワーク(右)の様子

私は小学生への質問紙調査から,「被害防止能力」のみならず,「コミュニケーション能力」「コミュニティへの愛着心」「非行防止能力」も実施前より実施後で向上することを明らかにしました[5]。心理学のおもしろさは,学んだ知識を使ってボランティアをするだけでなく,その成果をデータで明らかにして,活動の妥当性や重要性を評価できるという側面もあります。

大学生によるボランティア活動の効用

地域安全マップ活動を通じて,大学生自身と子どもたちが笑顔になる光景を幾度となく見てきました。防犯ボランティアに限らず,心理学では教育,医療,福祉,発達,司法などの現場で,多くのボランティア活動が行われています。どの大学でもボランティア活動を重視して推奨しています。また,防犯ボランティア活動に参加したゼミ生から,法務省心理技官,科学捜査研究所研究員,少年育成官,警察官になった人も多く,将来の仕事を選択する際にも役立っています。皆さんも大学で心理学を学び,社会に役立つ活動に参加してみませんか。

  • 1.法務省法務総合研究所(編)(2023)令和4年版犯罪白書
  • 2.警察庁(2021)https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki55/news/doc/20210326.pdf
  • 3.小宮信夫(2005) 犯罪は「この場所」で起こる. 光文社
  • 4.濱本有希・平伸二(2008)福山大学こころの健康相談室紀要, 2, 35-42.
  • 5.平伸二(2007)福山大学こころの健康相談室紀要, 1, 35-42.

PDFをダウンロード

1