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こころの測り方

教育DXと教育データ利活用の現状と今後

桐生 崇
文部科学省高等教育局私学助成課長(前 文部科学省総合教育政策局主任教育企画調整官・教育DX推進室長)

桐生 崇(きりゅう たかし)

Profile─桐生 崇
1999年文部科学省入省後,大分県教育庁教育改革・企画課長,OECD日本政府代表部参事官等を歴任後,教育DX,教育データ標準,MEXCBT・EduSurveyの開発,学習eポータル標準モデル等の教育データの利活用の企画等を総括。

はじめに

文部科学省は,小中学校等での1人1台のパソコン等の活用を進めるGIGAスクール構想を2019年から進め,併せて教育に関するデータの有効な利活用として教育DX(デジタル技術とデータを活用して知見の共有と新たな教育価値の創出を目指す政策)の推進を掲げ,枠組みやシステムを作りはじめました。ここでは,心理学研究に携わる皆様に国の教育DXや教育データに関する政策をご紹介します。

教育データの利活用の現状

教育DXは大きく3段階に分かれます(図1)。現在はまず,GIGAスクール構想による端末の活用等全国の学校の着実な電子化(第1段階)を徹底しています。並行して,第2段階以降の将来的な構想を描き,試行等を行う取り組みを進めている段階です。

図1 文部科学省が進める教育DXの3つの段階
図1 文部科学省が進める教育DXの3つの段階

教育DXを進める重要な鍵となるのが教育データの利活用ですが,関心はあっても着手できていない自治体や学校が多いのはなぜでしょうか。①教育委員会の専門的な知見を持つ分析体制が不十分,②収集様式にばらつきがあり分析が困難,③調査結果の利用に法的・倫理的なハードルがある,④1人1台学習環境の導入等に精一杯であり,データ利活用は“まだ先”という感覚である,等理由が挙げられます。

教育データ利活用の促進に向け,文部科学省では教育データに関する①共通ルールの策定,②共通ツールの開発・運営,③分析・利活用の具体的な取り組みを推進しています。

共通ルール:教育データ標準

データの定義が異なっていると相互に活用できないため,2020年から教育データの標準化を進めています。文部科学省教育データ標準(図2)は,データを主体情報(誰が),内容情報(何を),行動情報(どうした)の3つに大きく分類しています。これはデジタル庁の政府相互運用性フレームワークに則ったものです。

図2 データ標準化を目指す教育情報
図2 データ標準化を目指す教育情報

これまで学校コードや学習指導要領コード等の標準化を行ってきましたが,現在は学習履歴(学習ログ)等をどのように定義するか等の検討を行っています.国レベルのこのような議論は世界的に先端的な試みです。

共通ツール:文科省CBTシステム(MEXCBT :メクビット)

文部科学省は全国の自治体・学校が活用できる基盤的ツールを開発・運営しており,その1つが文部科学省CBT(Computer Based Testing)システムのMEXCBTです。CBTはコンピュータ使用型調査で,1問ごとの回答が詳細に記録できる,画像や音声など多様な出題ができる,インタラクティブな対応ができる等の利点があり,操作ログ等からの児童生徒のつまずきの多角的な分析も期待されています。MEXCBTは全国どこの学校からでも活用でき,いつでも使えるため,授業や朝学習,家庭学習,長期休業の宿題等で各学校の実態に合わせて活用が可能です。2023年4月現在,約840万人(全国の公立小学校の74%,公立中学校ではほぼ全て)が登録しています。MEXCBTでは映像や音声等を活用した問題等も含め,国や自治体等が作成した問題等約4万問が活用可能です。

2023年4月にはMEXCBTを用いて全国学力・学習状況調査の中学校英語「話すこと」調査が実施されました。今後,生徒の回答に応じて次の出題が変化するアダプティブな出題システムなど先端的な機能も追加予定です。これらにより,これまで測定が困難だった能力も測定可能となることが期待されています。

教育データの分析・利活用

データ利活用の機能は,現状認識,予測,因果関係の推論の3つに大別できます。教育データは可視化や分析などを行い,学校の授業や学習,政策決定等の実際の行動に生かされてこそ価値が生じます。

データから行動へつなげる共通の知見を誰もが活用できるようにしたいと考えます。このため文部科学省では,行動とデータの組み合わせ方など,分析フォーマットの調査研究を行っています。これらの知見を単に共有するだけでなく,可能な限りシステムや仕組み等に反映し,実際に現場で活用できるようにしていきます。

また,発話バランス等発話量の可視化,授業中の教師・生徒の音声データ等のいわゆる非構造化データの活用に関する可能性も指摘されており,プライバシー等の保護に配慮しつつ,現場での活用に向けた調査研究が進むことが期待されています。国立教育政策研究所には2021年から教育データサイエンスセンターが設置され,教育データ分析の拠点として活動を開始しました。知見の共有をはかる公教育データプラットフォームの構築・運用も進める予定です。

利活用を推進する3つのポイント

①前提としての安全・安心の確保:セキュリティ,個人情報,プライバシーの保護等の安全・安心を確保について,教育データの利活用にあたって自治体や学校が留意すべき点をまとめた留意事項(Q&A集)を公表しました(2023年3月)。今後もユースケースや,データにまつわる倫理的・法的・社会的課題(ELSI)等最新の議論を踏まえて更新し,各自治体や学校において安心して教育データの利活用に取り組める環境整備に努めていきます。

②“鶏・卵”論を超えるスモール・サクセス:「教育データから何が分かるか分からないと踏み出せない,予算も取れない」という話はよく聞かれます。一方でデータを利活用できる環境がなければ効果も分かりません。このような“鶏が先か卵が先か”という議論にとらわれず,まずは小さくてもよいので目に見える効果を出すことが必要となります。学習系データへの期待が大きい一方,定義が困難な点も多いことから,定義が明確で効果も見えやすい行政系や校務系データの効果を優先して出してみることも一案です。

③協調領域と競争領域:自治体や事業者等がそれぞれ必要な機能の全てを自前で作るのではなく,共通の機能(協調領域)を協力して一緒に作ったり相互に活用しあい,その上で自分たちにしかできない部分(競争領域)に注力する考え方が重要です。これまで日本の学習環境では協調領域がほとんどない状態でしたが,現在は学習の窓口となる機能(学習eポータル標準モデル)等,関係者が議論して試行錯誤しながら取り組む分野が出てきています。協調領域と競争領域が全体として働いて大きな効果が現れるには時間がかかりますが,この期間をいかに短くするか,多くの関係者が一気に協力して超えていくことが今後のDXやデータ利活用を進めていく上で鍵となります。

教育データ利活用においては,学校,行政の関係者だけではなく,研究者の参画が不可欠です。データによる人の行動等の測定に蓄積ある心理学研究者の方々にぜひこうした知見共有や仕組み作りに関心をお持ちいただき,ご協力いただけると幸いです。

参考

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