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こころの測り方

量的研究者が質的研究について考える

小林 智之
福島県立医科大学医学部災害こころの医学講座 助教

小林 智之(こばやし ともゆき)

Profile─小林 智之
同志社大学大学院心理学研究科心理学専攻博士後期課程修了。博士(心理学)。2025年より関西学院大学社会学部准教授。専門は社会心理学。著書に『睡眠学の百科事典』(分担執筆,丸善出版),『Health Effects of the Fukushima Nuclear Disaster』(分担執筆,Elsevier)など。

量的研究者へ

心理学研究を真摯につき詰めれば,量的研究者も質的研究を避けることはできません。

アメリカ心理学会のPublication Manual第7版の改訂では,質的研究や混合研究法が独立したセクションとして扱われ,国内でも日本質的心理学会が設立されるなど,学術的にもその意義は見直されています。

しかし,依然として量的研究者の間で「質的研究は科学的ではない」という考えや「テキストマイニングや自然言語処理などの技法が質的研究を科学的にする」という誤解が根強く,十分な理解が広がっていない現状にあります。

量的研究者向け質的研究法の手引き

質的研究は,質的データ(インタビュー,自由記述,映像など)と質的分析法(グラウンデッド・セオリー,SCAT,TEMなど)から成り,「社会現象のしぜんな状態をできるだけこわさないようにして,その意味を理解し説明しようとすること」を目的としています[1]。この「社会現象のしぜんな状態をできるだけこわさない」という志向性が重要なポイントで,質的研究では,量的研究のように既存の理論や仮説から演繹的に新たな理論を導出するのではなく,あくまで社会現象を基礎として,生のデータから理論や仮説を形成することを目指します[2]。そのため,質的研究の知見は,現実場面を基盤としたボトムアップなアプローチであると言われます。

冒頭で量的研究者が質的研究を避けることができないと述べたのは,研究知見の妥当性を問う場合,量的にせよ質的にせよ,たいがいはプラグマティックな活用に帰着するためです[3]。量的研究は,ポピュレーションの普遍的な法則を見いだすことを目指します。しかし,そのために研究知見からは具体的な文脈が失われやすく,量的研究者はしばしば自らの知見の生態学的妥当性や具体性を示すことに苦労します。実践的な応用を考えるのに情報として不足を感じたことがある人も多いでしょう。一方で,質的研究の知見は,当事者の語りや経験に根ざしたものとなるため,現実の文脈と高い互換性をもち,実践的な応用がしやすいという利点があります。研究者は,研究知見の一般化が可能な広さを追求することも重要ですが,その知見をどのように現場に落とし込んでいけばよいのかという深さを求めることも重要です。それはよい理論を構築するということでもあります[4]。知見の広さの妥当性を示すのが得意な量的研究と,知見の深さの妥当性を示すのが得意な質的研究をうまく組み合わせられれば,その研究知見はより実用的なよい理論につながることでしょう。

質的研究の具体的な方法について知りたい場合は,専門書を読むか,質的心理学研究の専門家に指導を仰ぐことを推奨します。量的研究とは研究法の考え方が根本的に異なるところがあり,たとえばデータの発生メカニズムとして,量的研究が統計学を背景とするのに対して,質的研究では言語学に根ざした考え方をします。言語データの発生は,簡単に言えば,発話者の内部からではなく,他者との相互作用の中で起こるとされ,これは,研究者の存在を黒衣のようにしてきた量的研究者からするとなじみにくい考え方です。質的研究で代表的なインタビュー法では,参加者と研究者の間でデータが生成されるのであり,分析では質問の仕方だけでなく,誰がどのような文脈で聞いたのかも重要な分析材料となります[5]。そのため,質的研究では,研究者の存在は明示的で,論文の中で研究者の属性や参加者との関係などについて報告することが求められます[6]

また,質的研究の論文が量的研究と異なるのは,ひとつの分析の中で,複数の研究者が登場したり,複数の情報源によるデータが報告されたりすることでしょう。これは,トライアンギュレーションと呼ばれ,質的研究における研究の信用性を高める手法のひとつです[1]

他にも,サンプルサイズは量的研究と比べてかなり小さく,私が日本質的心理学会の学会誌『質的心理学研究』を見たところ,インタビュー調査の過半数が1~4人を参加者としていました。これは,量的研究と質的研究のサンプリングの考え方の違いによるものです。量的研究ではポピュレーションの重心にある法則を見いだすことを意識したサンプリング法(たとえばランダムサンプリング)が好んで使われますが,質的研究では,社会現象から意味を見いだすことを重視して,なるべく情報量の豊かなデータが得られるようにサンプリングが行われます。そのため,ひとことしか回答してくれない100人よりも,3時間熱心に話してくれる1人のほうが研究の質が担保されているとされます。あるいは,参加者の人数よりも,インタビューの1人あたりの回数や時間のほうが重要とされます。これは,回数や時間が積み重なるほど,研究者と回答者の間でラポールが形成され,より豊かな情報が得られやすくなるためです。とくに,参加者の人生に深く関わる内容などは,何度も交流をする中でようやく話してくれることもめずらしくありません。

混合研究法について:量的研究と質的研究の思慮深い統合

特定の研究知見について量的研究と質的研究によって広さと深さの理解を得ることができれば,実用的なよい理論の構築につながるでしょう。しかし,量的研究と質的研究はアプローチの方法が異なるため,それらの知見の統合には慎重さが求められます。

たとえば,質的研究は仮説検証型の研究デザインにすることができません。質的研究では,特定の社会現象を参与観察やインタビューによって切り取って,そこに最も説得力をもった仮説を形成するアブダクションの方法をとります。しかし,仮説があらかじめ用意されていると,参与観察やインタビューのデータを見て「仮説が支持された」と推察することになり,循環論法の構造になってしまいます。そのため,ひとつの仮説を量的研究と質的研究で検証したという組み合わせはできないのです。

また,たいがいは量的研究の知見は質的研究の知見よりも抽象度が高いため,知見の安易な統合は量的研究の知見の解釈に引っ張られる可能性があります。すなわち,抽象的知見は柔軟で幅広い解釈ができてしまうため,具体的な知見が一致しているように見えやすいです。量的研究と質的研究からそれぞれ得られた知見が同じことを言っているように思えても,その抽象度が違えば質的研究の知見の過度な一般化を起こしている可能性があります。

さらに,尺度開発などでよくみられる質的研究で項目を集めた後に量的研究を行うデザインにおいても注意が必要です。質的研究では仮説形成が行われますが,たいがい文脈の特殊性が含まれているため,その仮説をそのまま量的研究で検証しても「=ポピュレーションの知見」と結論づけることは難しいでしょう。量的研究の知見は帰納推論であるため,そもそも一般化に対して脆弱性をもっており,質的研究の知見の過度な一般化を緩和する仕組みは,量的研究の調査や分析の手続きの中にはありません。

量的研究と質的研究の統合はシークエンスに行うのではなく,独立した研究プロセスのもとで量的研究と質的研究を行ったうえで,得られた知見の抽象度をそろえ,ひとつに統合するようにする必要があります。知見の抽象度をそろえる方法として,質的研究の知見を抽象化することがありえるでしょう。質的研究の知見の抽象化には,言語データから知見や理論を形成するさまざまな手法が議論されています[2,7]

以上,私自身も量的研究者の立場から,量的研究者に向けた質的研究のメリットや活用の可能性について考察しました。量的研究と質的研究の統合が広さと深さの妥当性をもったよい理論を生み出すかもしれません。心理学の発展への貢献として,本稿が,新しい可能性について考える一助になることを願います。

文献

  • 1.メリアム, S. B./堀薫夫他訳 (2004) 質的調査法入門:教育における調査法とケース・スタディ.ミネルヴァ書房
  • 2.シャーマズ, K./岡部大祐監訳 (2020) グラウンデッド・セオリーの構築(第2版).ナカニシヤ出版
  • 3.リースマン, C. K. /大久保功子・宮坂道夫監訳 (2014) 人間科学のためのナラティヴ研究法.クオリティケア
  • 4.レヴィン, K./猪股佐登留訳 (2017) 社会科学における場の理論.ちとせプレス
  • 5.やまだようこ (2024) ナラティヴ研究:語りの共同生成.新曜社
  • 6.American Psychological Association (2020) Publication manual of the American Psychological Association, 7th ed. APA.
  • 7.やまだようこ (2007) 質的心理学研究, 6, 174–194.

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