公益社団法人 日本心理学会

詳細検索

心理学ワールド 絞込み


号 ~

執筆・投稿の手びき 絞込み

MENU

刊行物

  1. HOME
  2. 刊行物のご案内
  3. 心理学ワールド
  4. 92号 動物との絆
  5. バーチャルエージェントとの対話による精神疾患のアセスメント

【小特集】

バーチャルエージェントとの対話による精神疾患のアセスメント

横谷謙次
徳島大学大学院創成科学研究科 准教授

横谷謙次(よこたに けんじ)

Profile─横谷謙次
東北大学教育学研究科博士後期課程修了(教育学博士)。チューリッヒ大学心理学科客員研究員などを経て2019年より現職。専門は家族心理学,精神情報工学。著書に『家族内呼称の心理学』(単著,ナカニシヤ出版)がある。

精神保健分野でのバーチャルエージェント

精神保健分野のバーチャル化(ユーザーの物理的な存在を計算によって模擬し,人工的な環境を作り出すコンピュータ技術の適用)は半世紀前に遡ります[1]。バーチャルリアリティによる治療は,すでに不安障害を持つ人々に治療効果を示しています[2]

バーチャルエージェント(VA)技術も,言語障害を持つ人々に治療効果を示しています[3]。VAは,いつでもどこでも,少しの費用で使用することができます。また,VAはビデオ分析を通じて,顔の動きなどの物理的なデータを調べることもできます[4]。これらのデータによって,面接中の協力者の否定的な感情表現を詳細に分析することができます。

VAは,精神疾患のアセスメント時においても,人間の専門家に対して優位性があることが示されています[5],[6]。しかし,これらの研究では,聴覚のみのVAであったり,素人の人間との比較であったりして,視聴覚機能を持ったVA(図1A, B参照)と人間の専門家(図1C参照)との比較はほとんどされていません。そこで,我々の研究では,視聴覚機能を持ったVA[4],[6]を利用し,構造化面接時における実験協力者のネガティブな感情表現と精神症状の自己開示を,VAと人間の専門家との間で比較しました。この研究では,定量的データ(否定的な感情表現)と定性的データ(精神症状の自己開示)の両方を測定・分析することで,2つの異なる視点から結果を検討します。

バーチャルエージェントと人間の専門家の比較実験

図1 実験場面
図1 実験場面

実験協力者:某国立大学の55人の学生が参加してくれました。55名の学生のうち,女性30名,男性25名,平均年齢は22.92歳(95%信頼区間[CI]:22.18, 23.68)です。機能の全体的評定(GAF)の平均スコアは70.25(95%CI:68.16, 72.35)でしたので,協力者の大部分は非臨床群と言えます。

実験デザイン:協力者はVAと初めに話す群と人間の専門家と初めに話す群のいずれかに無作為に割りあてられました。28人の協力者はVAを先にして人間の専門家を後に受けました。27人の協力者は人間の専門家を先に,VAを後に受けました。無作為化の際には,協力者の性別,年齢,学部でカウンターバランスを取りました。

VAの設定:VAは音声対話システム(図1A)で日本語音声認識システムJulius 4.4.2を使用しました。このシステムは,500ミリ秒ごとに写真を撮影するウェブカメラを内蔵しています。VAは,Mini–International Neuropsychiatric Interview 5.0の日本語版を実施しました(図1B)。

人間の専門家の設定:人間の専門家は,精神保健分野で10年以上の経験を持つ日本人男性臨床心理士です。彼は刑務所の受刑者に対する心理療法や,裁判所で被告人の精神評価を行った経験もあります。協力者は,別の実験室で人間の専門家と会話をし(図1C),会話の間,協力者の表情がビデオ録画されました。専門家は,精神科診断面接非患者版を実施しました。

比較実験での評価指標

定量的評価:否定的な感情表現として眼の動きを測定しました。人間の専門家条件の間に記録されたすべてのビデオは,500ミリ秒ごとに1つの画像が抽出されています。VAについては,実験セッション中に撮影された画像(800×600ピクセル)が収集されました。合計363,718枚の画像を基に目の動きを解析しました。

定性的評価:精神症状の自己開示を評価しました。VAは協力者に精神症状について質問し,その開示された症状に基づいて精神障害を評価しました。人間の専門家も精神症状について質問し,その開示された症状に基づいて精神障害を評価しました。

バーチャルエージェントと人間の専門家との定量的・定性的比較

図2 ある協力者の顔の動き
図2 ある協力者の顔の動き

定量的比較として,バーチャルエージェントと人間の専門家との間の協力者の眼の運きを比較しました。ここでは一例として,VA場面(図2A)と人間の専門家場面(図2B)での協力者の顔の動きを示しますが,VA場面での目の動きが人間の専門家よりも狭いことがわかります。実際,右目の動きは,VAの方が少ないことが,統計的検定および効果量から確認されています。

定性的比較として,精神症状の自己開示を比較しました。摂食障害に関しては4ケースでVAでは摂食障害と評価されたが,人間の専門家には評価されませんでした。内容を分析した結果,協力者は女性のVAには重度の症状を開示しましたが,男性の人間の専門家には開示しないことが分かりました。例えば,拒食症の女性協力者の1人は,VAには月経が止まったと報告しましたが,人間の専門家には報告しませんでした。拒食症の男性協力者の1人は,VAには体重が51キログラム未満であると報告しましたが,人間の専門家には52キログラム以上であると報告しました。これらの4ケースでは,男性の専門家よりも女性のVAに月経や体型などの性関連の話題を開示することが容易であると考えられました。

精神保健分野でのバーチャルエージェント

バーチャルエージェントとの対話による精神疾患のアセスメントでは,性的話題に関して,バーチャルエージェントの方が話しやすいことが示唆されました。そのため,バーチャルエージェントは,HIVなどの感染症における感染ルートの特定に役立ちうる可能性があります。また,バーチャルエージェントは対面接触を必要としないので,コロナウィルスによる飛沫感染のリスクが全くありません。こういったリスクを抑えた形の面接者としてバーチャルエージェントはこれからも精神保健分野で導入されていくでしょう。なお,本研究の詳細はこちら[7]の文献をご覧ください。

文献

  • 1. Weizenbaum, J. (1966). ELIZA—a computer program for the study of natural language communication between man and machine. Communication of the ACM, 9, 36–45.
  • 2. Morina, N., Ijntema, H., Meyerbröker, K., & Emmelkamp, P. M. G. (2015). Can virtual reality exposure therapy gains be generalized to real–life? A meta–analysis of studies applying behavioral assessments. Behaviour Research and Therapy, 74, 18–24.
  • 3. van Vuuren, S., & Cherney, L. R. (2014). A virtual therapist for speech and language therapy. Intell Virtual Agents, 8637, 438–448.
  • 4. Rizzo, A. et al. (2016). Autonomous virtual human agents for healthcare information support and clinical interviewing. In Luxton, D. D. (Ed.), Artificial Intelligence in Behavioral and Mental Health Care (pp.53–79). Academic Press. doi:10.1016/B978–0–12–420248–1.00003–9
  • 5. Kobak, K. A. et al. (1997). A computer–administered telephone interview to identify mental disorders. JAMA, 278, 905–910.
  • 6. DeVault, D. et al. (2014). SimSensei Kiosk: A virtual human interviewer for healthcare decision support. In Proceedings of the 2014 International Conference on Autonomous Agents and Multi–agent Systems (pp.1061–1068). International Foundation for Autonomous Agents and Multiagent Systems.
  • 7. Yokotani, K., Takagi, G. & Wakashima, K. (2018). Advantages of virtual agents over clinical psychologists during comprehensive mental health interviews using a mixed methods design. Computers in Human Behavior, 85, 135–145.

PDFをダウンロード

1