この人をたずねて
鈴木敦命 氏(すずき あつのぶ)
Profile─鈴木敦命 氏
2006年,東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了,博士(学術)取得。日本学術振興会特別研究員(PD),イリノイ大学アーバナ-シャンペーン校ベックマン研究所 客員研究員,名古屋大学大学院情報学研究科 准教授などを経て,2017年より現職。専門は認知心理学,実験心理学。著書に『社会活動と脳』(分担執筆,医学書院)など。
鈴木先生へのインタビュー
─対人認知研究とエイジング研究という複数の研究テーマは,どのようなきっかけで始められたのですか?
大学院生時代は顔表情の認知の研究を専門に行っていました。博士課程にいたころ,昭和大学の神経内科の河村満先生と共同で研究をさせていただく機会に恵まれ,それはパーキンソン病の患者さんにご協力いただくものでした。この研究で対照群として健常高齢者の方々にもご協力いただき,これがエイジング研究に関わる最初の契機でした。
この研究では,大学生を実験参加者としたそれまでの研究とは異なることが多く,「カルチャーショック」を受けたものです。ご参加いただいたのは実験慣れしていない一般の高齢者の方々ですから,分かりやすく教示を行うことや,適宜世間話などをしてラポールを形成することが重要で,手続きの面からすでにそれまでの研究経験とはだいぶ違っていたことが印象的です。
また,得られた結果も大学生とはかなり異なるパターンであって,非常に興味深く感じました。さらに,その結果はエイジングに関する先行研究とも整合的なものであることが分かり,幅広い世代の人々を対象にして心理学の研究を進める重要性を実感しました。
加えて,大学院でご指導をいただいた繁桝算男先生の研究室には,計量・認知・人格・社会心理学を専門とする院生が同居していたので,多様な視点から研究を進める示唆を得やすい環境にいたと思います。
─対人認知研究で明らかにしたいこと,とはどのようなものなのでしょうか。
最近は顔から性格や能力などの特性を推論するメカニズムにとくに関心があります。この話題の実証的な心理学研究は少なくとも1950年代にさかのぼることができますが,2000年代に顔画像解析技術を駆使した研究などが脚光を浴びてから,再び盛り上がっている状況です。数年前までは顔の形態的特徴とそこから推論される特性(信頼性・支配性など)の間の関係のユニバーサル性,つまり,多くの人が同じ顔を見て似たような印象を抱きやすいという点が強調されていましたが,近年は顔の印象に無視できない個人差があることが注目されつつあります。私の研究では,日本とアメリカで「顔を見ればその人の様々な特性が分かるという信念」についての調査を実施し,この信念─人相学的信念と呼んでいますが─には時間的に安定した個人差があることを明らかにしました。また,この信念は性格の生物学的決定論や公正世界信念と正の相関を持つことも分かりました。つまり,「公正で生物学的に決定された世界では顔がすべてを語る」といったような素朴理論を一般の人々が持っているのかもしれません。人相学的信念については,最近オランダでも類似の研究結果が報告されています。
一方で,こうした顔からの印象は現実には誤っていることが多いので,そうした誤りを学習するメカニズムを,行動実験や脳機能イメージング実験で検討していたりもします。
─エイジング研究では,「成熟説」というのもあるのですね。
いわゆる幸福感のパラドックスの背景となる考え方ですね。加齢については認知機能の低下という否定的な側面が注目されがちですが,幸福感の世代間差を調べると,高齢者の方が他の世代の人々よりも平均的に高いという研究があり,幸福感のパラドックスと呼ばれたりします。この傾向の頑健性や原因については諸説ありますが,提案されているメカニズムの一つが成熟説です。簡単に言えば,高齢者は感情制御に多くの認知資源を費やすので,不快感情を経験しにくいという仮説です。この考え方は,認知機能の低下という単調でネガティブな高齢者像へのアンチテーゼでもあります。
私自身の研究では,表情認知課題の成績が加齢によって一様に低下するわけでなく,嫌悪の表情認知の成績は若年者よりも高齢者の方が良いといった結果を報告しています。この結果は,若年者が嫌悪の表情を怒りの表情だと混同しがちであるのに対し,高齢者は若年者よりもそうした混同をしにくい,という傾向を反映したものです。まだ単なる憶測の域を出ませんが,これは,若い時には他者からの敵意を過度に見積もりやすい一方,それが年齢とともに緩和されることを意味しているのかもしれません。
加齢と心の働きの間の複雑な関係を示す実証的な証拠を提出することは,単調でステレオタイプ的な加齢のとらえ方を変容させていく一つの契機になるのではないかと思っています。ステレオタイプ脅威のような現象を考えると,こうした研究の積み重ねによって高齢者に関する否定的ステレオタイプが改まることで,高齢者が本来のパフォーマンスを発揮できる社会になればよいと期待しています。それが,心理学が社会に対してできる貢献の一つですよね。
─新型コロナウイルス感染症の流行で,ご自身の研究や教育にはどのような影響がありましたか?
自分自身の実験や調査は,最近はオンラインで実施することが多かったため,あまり支障なく継続できました。一方で,学部生の卒業研究や大学院生の研究についてはこれまで対面での実験の実施がふつうだったので,それができなくなり,オンライン実験への急ピッチの移行に苦労しました。ですが,改めて勉強をしてみると,オンライン実験に必要なアプリケーションなどの充実ぶり,それらを日本語で懇切丁寧に解説したウェブサイトなどを日本の有志の研究者がたくさん作成してくれていることが分かり,これを活用しない手はないと思ったと同時に,とても感謝をおぼえました。講義については,夏学期は動画配信でオンデマンド実施しましたが,動画の作成・編集がかなり大変で,数時間かけても数十分の動画しかできないことがかなりしんどかったです。ですが,この経験で得たスキルが,今後実験刺激の作成などに役立ちそうです。
インタビュアーの自己紹介
今,どのような関心をもって研究に取り組んでいるのか
私は,社会心理学の分野で,防災行動に関する研究をしています。世界中で自然災害に対して準備しておくことが呼びかけられていますが,防災意識が高い日本ですら,個人の防災は不十分です。社会心理学の領域では古典的な問題である態度と行動の不一貫を解決する手段として,記述的規範(多数の他者がその行動をとっているという情報に基づく規範)が防災行動を促進する効果,そして意図せず防災行動を抑制してしまう効果について研究しています。
インタビューを行った感想
鈴木先生が行っている対人認知研究は,社会心理学でも重要な分野であるにもかかわらず,インタビューするまで私にとってはやや遠い研究分野でした。それは,私の研究が「個人差」に大きな関心を払ってこなかったからだと思います。外的な要因が影響することで,集団間(たとえば実験群と統制群の間)に違いをもたらすという側面に注目していたからです。鈴木先生のご研究でもっとも印象的だったのは,顔から人物特性を推論するメカニズムの解明と同時に,その信念の個人差にも着目しておられたことです。
もともとインタビューにあたって,鈴木先生が対人認知研究とエイジング研究という二つの視点から研究を進めておられる経験をぜひうかがいたいと思っていました。私は現在一つの研究テーマだけを取り扱っているので,今後複線的な研究戦略をとる場合の参考にしたかったからです。実際のインタビューでは,鈴木先生がそのうち対人認知研究だけでも,そのメカニズムに加えて個人差(信念に関する尺度研究)からもアプローチし,かつメカニズムの研究についても特性推論そのものに行動的に迫るとともに神経メカニズムの研究も手がけられていることに驚きました。多角的に研究を進めていくことの重要性を学ぶことができ,私にとってとてもよい機会になりました。
今回のインタビューは,東京の鈴木先生と京都の私の間でZoomを利用して実施しました。直接お目にかかれなかったのは残念ですが,ビデオ通話でもご研究のおもしろさが非常によく伝わりました。
Profile─おざき たく
同志社大学大学院心理学研究科博士(後期)課程。専門は社会心理学・防災。論文にWhen Descriptive Norms Backfire: Attitudes Induce Undesirable Consequences during Disaster Preparation(共著,Analyses of Social Issues and Public Policy, 2020)など。
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